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第5話
「しらねぇよ」
昼下がりの食堂で橋田と待ち合わせ一部始終を話すと、橋田はふいと目を伏せて言った。
その回答があまりに素っ気なく深山は軽い衝撃を受けた。
「知らないってなんだよ」
つい詰めるような口調になってしまう。
まあ、確かに付き合いの浅いサークルのメンバーにこんな相談をされたら"しらねぇよ"だよなとは思う。
しかしこちとら最近、あのシャンプーの匂いにドギマギすることがなくなってとてつもなくさみしい日々が続いているのだ。これは由々しき問題であった。藁にもすがる思いで橋田を頼っているのだ。深山はぐぬぬと歯噛みする。
橋田はしばらく黙ったあと、「好きなのか」と聞いた。
「え?」
思わず聞き返す。
「だから、竹本さんが好きなのか。深山くんは」
橋田は深山の目をじっと見つめて言った。
「いや、特別好きとか、狙ってるとかじゃないけど…」
その圧に押されてしどろもどろになってしまう。橋田は深山から目を逸らさずにじゃあなんで、と言う。
「だって、そんなの、当たり前じゃんか。可愛い女の子に嫌われたくないってみんな、おもうじゃんか」
「……」
なんとか発した言葉はどうにも附が抜けていたがなるほど真実だと思った。
くだらない執着かもしれない。でもみんな思うことじゃないかと思う。ちょっと意識していた人に嫌われたくないと言うのは。
深山の言葉に橋田はひとつため息をついた。
しばらく、沈黙が降りる。そうして橋田はそうかと一言言った。
「……そう言うもんか」
「おう」
ぶっきらぼうに返すと、橋田はもう一度そうか、と言った。
橋田はしばらく思案すると、そばにあったコップの水を一口飲んだ。そうして深山を真っ直ぐに見つめて言った。誠実な口調だった。
「じゃあ、素直に謝るのがいいんじゃないか。お互いそこで引っかかってるなら。こないだは変なこと言ってごめんって、ちゃんと言うべきだと俺は思うよ」
「やっぱ、そうだよな……」
「俺にはそれしか言えないな。そのあとどうするかは深山くん次第じゃないか」
深山は副食の唐揚げを一気に頬張り、唸った。謝る。確かにシンプルだが変に捻った手段を取るよりはそれが一番いい方法かもしれない。
「そうしてみるかな」
ありがとう橋田先生と頭を下げる。
橋田はなんだそれと笑った。
「あっそうだ。忘れないうちに」
借りていたDVDのことを思い出し、深山はカバンを漁った。カバンの底には古いレシートとか財布からこぼれ落ちた小銭たちがごった返している。苦心して目的のものを取り出すと橋田に渡す。
「一気に見たよ。ありがとうな」
橋田はうん、と頷くと自身もカバンの中から二期のDVDを取り出す。
「これも一気にみろよ」
そう言って悪戯っぽく笑った。
深山もつられて笑い返す。
「そういえば、意外だよな。あんまりアニメとか見ないタイプかと思ったけど」
何気なく聞く。
「昔、おすすめしてもらったんだ。それで見てみたら結構面白くて。もえぽよ以外のアニメはあんま知らないけどな」
橋田はひどく柔らかい声でそう言うと微笑んだ。
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