1 / 6
第1話 偶然じゃなく運命
「あれっ長屋さん?こんばんは」
俺はパチパチと目を瞬く。
作業着の男性がくたびれた様子でコンビニに入ってくる所だった。
長屋桔平さんは、同じように目を瞬かせ「堤君?」と驚いた様子だ。
俺は立ち読み中の本を戻し長屋さんに近づいた。
「こんな時間までお仕事ですか?」
「うん、ようやく終わって事務所戻るトコ」
と伸び放題の癖毛をくしゃりとかき上げ溜息をつく。
こうやって髪をくしゃくしゃにかき上げるのは彼の癖らしい。こうして1日働いた後は、折角セットした髪もすっかりフワフワの癖毛が元通りだ。
「お疲れ様です。で……珈琲と煙草買いに来たんですね?」
「正解!堤君は?家、この辺じゃないよね?」
「友達ン家がこの近くなんです。そいつのバイトが終わるまで適当に時間潰してる最中です」
「それはすごい偶然だ。それにしても俺達、よく会うな」
「偶然もここまでくると運命的ですね?」
長屋さんは「何言ってんだ」とちょっぴり頬を染め狼狽えた。
運命って言葉に弱いのは、何も女性だけじゃない。
「そうですか?俺はちょっと感じちゃってますけど、運命」
悪戯っぽく笑ってみせると長屋さんは更に赤くなる。
「前途有望な若者が、俺みたいなおっさんにそんなの感じてくれるなんて光栄だと思わなきゃな」
「長屋さんはおっさんなんかじゃないですよ」
実際、長屋さんはまだ27歳で全然おっさんじゃない。
切れ長の奥二重の目も、少し低めのスッとした鼻もフワフワの癖毛も。全部可愛い。
一言二言言葉を交わした後、俺は立ち読みに戻り長屋さんは珈琲と煙草を買いにレジに向かった。
長屋さんは大手メーカー星期ソリューションのエンジニアだ。去年の夏、俺の依頼したエアコン修理に来たのが長屋さんだった。
以来、何かと縁がありこうして「偶然」会った時言葉を交わす関係にまでなったわけだが――。
俺は今、長屋さんに恋をしている。
*
「お電話ありがとうございます。受付担当、堤でございます」
GW明け、初めての週末。
不安定な天気が続いていたが、今日はようやく5月らしい爽やかな快晴――だというのに、俺は窓のない執務室でひたすら電話を取っていた。しかし俺の心は今日の天気のように晴れやかだ。
なぜならバイトの後の予定が、楽しみでしょうがないから。
最近始めた星期ソリューションのコールセンターでのバイトは中々に居心地が良い。
電話の仕事は初めてだが、接客経験も手伝い案外すぐに慣れた。周りは母親くらいのオバちゃんばかりなのも結構新鮮で、唯一大学生の俺はすごく可愛がってもらっている。
今日は14時までの早番で、終業時刻になるや俺は引き継ぎ資料を作り帰り支度を始めた。
「お疲れ様です」
隣の主婦さんに挨拶をして早々にデスクを立つ。
13時半を過ぎた辺りからソワソワしていた俺に「お疲れ様。楽しんでね」と主婦さんはニヤリと笑った。大方デートだと思われているんだろう。まあ当たらずとも遠からず?
スキップしたくなる程の高揚を抑え、俺は会社を後にした。
最寄り駅の改札を抜けると、丁度ホームに目当ての電車が滑り込んでくるところだった。ナイスタイミング。
この電車に揺られ12分。地下鉄に乗り換え更に18分。
長屋さんが現場を終えるのが15時頃。次の現場まで一時間半の空きだから、遅めの昼休憩を取るならこの時間しかない。
15時作業完了予定のオフィスビルの近くには、喫煙席のあるカフェがある。長屋さんはその店に行く。
乗り換えが上手くいき、俺は予定より10分早くそのカフェに入った。
念のため喫煙席を覗くが、長屋さんはまだ来ていない。俺は一足先にカウンターでアイスカフェラテを注文し、禁煙席の隅に座った。
長屋さんが来たのはそれから10分後。
アイスコーヒーとホットドッグを注文し、ふと目に入ったであろうレジ横のフロランタンも1つ摘まんでレジのお姉さんに渡す。
会計を済ませトレーの上に珈琲と番号札そしてフロランタンを乗せ、長屋さんは喫煙席に入っていった。
勿論、俺には目もくれず。
長屋さんは美味そうにタバコを吸い、アイスコーヒーのストローに徐に口を運んだ。
俺はあのストローになりたいなんてぼんやり考えながら、喫煙席と禁煙席を隔てるガラス戸越しに長屋さんを見つめる。
ホットドッグが運ばれてくると、嬉しそうに齧り付いた。腹が減っていたのだろう。
食べ終わると満ち足りた表情でもう一本煙草に火を付け、幸せそうに白い煙を吐き出した。
長屋さんはカフェを出るまでに全部で4本の煙草を吸い、食べるタイミングを逃したフロランタンは作業着の胸ポケットに仕舞った。
長屋さんが仕事に戻る様子を見届け、俺自身もトレーを片付け店を後にする。
仕事終わりのコンビニでバッタリ会うのは、本当は偶然でも運命でも何でもない。
俺は今、長屋さんをストーカーしている。
ともだちにシェアしよう!