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第2話 運命じゃなく必然
「はいおやつ」
と寄越されたのはカステラ巻。
「わ、文明堂だ!嬉しい、頂きます!」
大袈裟に喜んで見せると、二人の主婦さんも嬉しそうに笑った。
二人とも俺と同じくらいの年の息子がいるらしく、俺を可愛がってくれている筆頭だ。
「良かった。若い子って和菓子食べないじゃない?」
「そうですか?」
俺は早速カステラ巻をモグモグした。一言で電話対応と言っても案外神経をすり減らす。甘い物は全身に染み渡る美味さだ。
甘い物と言えば胸ポケットに仕舞ったあのフロランタン、長屋さんは食べたんだろうか。
「うちの子は食べないわね〜」
「俺は和菓子好きっすよ。粒餡もこし餡も。練切とかも」
二人は「へぇ~珍しい」と声を揃える。
「珍しいって言えば堤君みたいな若いイケメンがコールセンターで働いてるのも珍しいじゃない?」
「確かに!何かこう、パリッとしたシャツにベストとか着てお洒落なレストランで働いてそう」
「そういうバイトもしてますよ。黒いベストにロングサロン着けて」
二人の「あ〜似合う!」の声が綺麗に重なり、俺は苦笑する。
「何でコールセンターで働こうと思ったの?」
「学生の内に業種問わず沢山バイトして、色々経験しときたいんですよね」
「感心ね~やっぱりうちの子とは大違い」
意図せず自身の株を上げる形になり、俺は休憩時間を終えた。
長屋さんに初めて会ったのは、忘れもしない。去年の夏。
俺は入学とほぼ同時に大学近くのカフェバーでアルバイトを始め、三年になる現在も続けている。
店は古い雑居ビルの1階のテナントに入っていて、ビル大家の老夫婦がそのすぐ隣に住んでいた。
面倒見の夫婦は一人暮らしの俺を本当の孫のように可愛いがってくれた。
去年、じいちゃんの方が入院した。ただの骨折だったけど、いい機会だからと二週間の検査入院になったのが八月始め。
一人残されたばあちゃんが心配で、俺はバイトがない日も毎日のように家に寄った。
エアコンが壊れた時、機械音痴なばあちゃんに代わり色々調べたり修理を手配したのも俺だ。
盆前の八月のあの日。
やって来たのは猛暑をものともしない爽やかな好青年、長屋さんだった。
一目惚れだったと思う。
だが俺は男が好きなわけじゃない。自分自身に芽生えた恋心に、あの時すぐには気付けなかった。
事務系の派遣会社に登録したのはその年の暮。カフェバーのバイトと並行し、社会勉強を兼ねて就活を前に始めた。
そして4月。
一つの契約が満了し次の派遣先を探していた時、長屋さんの勤めるメーカーの短期募集が目に留まった。
「大手だから研修も充実してて、就活前の大学生にオススメよ。でもなぜかコールセンターは人気がないのよ」とは担当の人の言葉。
かくして俺は星期ソリューションのコールセンターでバイトを始めた。
在籍エンジニアの名簿の中に「城南SS:長屋桔平」の名を見つけた時は不思議な高揚感を覚えた。
あの時のお兄さん、まだ働いていたんだ……。
社員コードからエンジニアの1日の行動予定を出せる事を教えてもらった日。
教えてもらったばかりの機能を早速試すべく、俺は名簿から調べた社員コードで長屋さんのスケジュールを閲覧していた。
ふ~ん、すげ。
こんな事もできるんだな。
と感心しながらページをスクロールする。ふと目に入ったのは今日最後に訪問予定の住所。
あ、家のすぐ近所だ。
*
その日バイトを終えた俺はまっすぐ帰らず、アパートから徒歩十分程の酒屋――の向かいのコンビニにいた。
様々な地酒のボトルが外からもよく見えるよう窓際にズラリと並べられていて、ひと目で酒屋と分かる。個人経営の小さな店で、近所とは言え一度も店に入ったことはない。
そして店の前には星期ソリューションのバンが停まっていた。
バンが目に入ったときの感動と言ったら。
本当にスケジュール通りだ、本当にいるんだ!
俺は始め興奮し、すぐに意気消沈した。
俺の事を覚えているはずがないし、覚えていたところで何を話せば良い?
勝手に盛り上がった後勝手にしょぼくれた俺は、大人しく帰ろうとコンビニを出た。
その時だ。
すれ違いざまコンビニに入ろうとする客とぶつかった。
「あ、すみませ――」
慌てて謝った俺は相手の顔を見てハッとする。
驚いたのは相手も同じように驚いた顔をしていた事だ。
それは、間違いなくあの長屋さんだった。
「え……確か、堤君?」
「はい、長屋さん、ですよね?」
「驚いた。よく覚えてたね」
「長屋さんこそ……」
俺は上から下まで長屋さんを観察した。本物だ。
橙の刺繍糸で星期ソリューションと入った、濃紺の作業着。
髪は去年会った時より伸びている。フワフワの癖毛はいかにも伸びっぱなしという印象だけど不潔なイメージや不快感はない……どうしよう、カッコイイ。
一瞬、俺はコールセンターでバイトをしている事を伝えようかと思った。
今日はスケジュールを見て、もしかしたら会えるんじゃないかと思って待ったんです、って?
そこで俺は気付く。
これってストーカー?俺キモくない?
「俺ン家この近所なんですよ。ばあちゃん、未だに長屋さんの話しますよ。あの時の親切なお兄さん、って」
「ええ?そんな大した事じゃ……でも、嬉しいな」
都合の良い部分だけを切り取って伝えると、長屋さんははにかんだように、ふにゃっと笑った。
切れ長の奥二重の目は、笑うと目尻が下がって優しい印象になる。目尻のシワがどうしようもなく愛しいと感じた。
それは恋を自覚した瞬間だった。
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