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第3話 必然じゃなく恋

 出勤後まず長屋さんのスケジュールを確認する。  行動パターンを予測し、接触するのは三回に一回位。あまり頻繁だと不審に思われる。あくまで偶然を装うのだ。  ところが五月も終わりに近づいたある日。  俺の楽しみを脅かす一本の電話が掛かってきた。 「ビューティサロンルナの星川と申します。今日お願いしていたエアコン修理のキャンセルをお願いしたいんですが……」    何て事ない、キャンセルの連絡だった。  手続きを進めながら、俺は美容院と担当者の名前に不思議な既視感を感じた。  住所を見ると港区白金台だ。白金なんて縁がないのに。  自分が取った受付だっただろうか?  考えを巡らせながら、詳細を確認していてハッとした。違う。  そりゃあ見覚えがあるはず。  店の名前も星川さんの名前も、見たのは今朝だ。  担当エンジニアが長屋さんになっている。  受付をキャンセルにし担当エリアの事務所に連絡。そして当日キャンセルは、コールセンターから直接エンジニアに連絡を入れる。  以上。  キャンセル手続きはこれにて終了……だが、パソコン画面を前に俺は一人煩悶した。  しかしいつまでもそうしているわけにはいかない。  俺は意を決して長屋さんに架電した。  出ないでくれ、という俺の願いは虚しく、3コール目で長屋さんは電話に出た。 「お疲れ様です……コールセンターの堤です。長屋さん、今お電話宜しいですか?」 「お疲れ様です、大丈夫です……え、堤、さん?」  要件のみを早口に伝え、不自然なほど手短に電話を切る。  きっとバレた。  隠し続けられる事じゃなかったのだ。たまたまこれまでなかっただけで、これから先、今回のように長屋さんと接触する事もあるだろう。遅かれ早かれ、だ。……いや、ここで働いている事を知られるだけなら問題はない。  今日も仕事終わりの長屋さんに、偶然を装い会いに行く予定だった。  どうする?どうしよう。  言い訳は早めにしておかないと。 *  電車に揺られる間も、これまでは幸せな時間だった。  悩んだ結果、当初の予定通り長屋さんに会いに行く事にした。  今はただ鬱々と気分は重い。俺は長屋さんに断罪されるべく、現場最寄りのコンビニでスタンバイする。  幸いここは俺の住むアパートの近所。いつもの下手な言い訳も必要ない。    ついでに牛乳と卵を買い、立ち読みしながら長屋さんを待つ。  だがコンビニの前にバンが停まったのに気付いても、俺はいつものように顔を上げられなかった。 「ちょっと聞いても良い?」  ホラ、来た。  話し掛けるのはいつも俺から。  だが、今日は雑誌から目を離せないでいる俺に気付いた長屋さんが真っ直ぐにやって来た。 「違ったらゴメン。あのさ、堤君もしかして今コールセンターでバイトしてない?」  雑誌からしつこく離れない目線をのろのろ動かし、長屋さんの顔色を観察する。  そこからは困惑や嫌悪は見受けられない……ような気がする。ただ疑問に思っているだけのような、そんなのは希望的観測に過ぎないだろうか?  ギシギシと音が鳴りそうなほどぎこちなく、俺は雑誌を置いて長屋さんに向き直った。 「実は……ハイ」 「ってことは今日の電話は……」 「……ハイ」 「いつから?」 「最近です。先月くらいから」  予想外に、長屋さんはへにゃりと笑った。  俺に恋心を自覚させた、あの笑顔だ。 「何だ言ってくれよ~!それにしてもすっごい偶然だなぁ」  下がった目尻が最高に可愛い。  その笑顔を見た途端、どっと力が抜ける。思いのほか緊張していたらしい。 「実はあんまり偶然でもないんです。コールセンターの募集を見た時、長屋さんが働いてる会社だな、って目に留まったんです。だから、偶然ってわけじゃなくて……」  長屋さんは「えっ!?」と驚き、なぜか頬を染めた。  しかし「そか」と独り言のように呟き、それきり黙り込んでしまった。若干の気まずさを感じつつ、ストーカーがバレているわけでも、引かれているわけではなさそうなことに俺は安堵する。 「あの、さ……良かったら連絡先聞いても良い?」 「え」 「あ、嫌だったら無理にとは言わないんだけど。これも何かの縁だし。前からもっと堤君とゆっくり話してみたいな、と思ってたし……良かったら今度飲みに行こうよ」  これは更なる予想外だった。  俺は目を瞬かせた。信じられない。 「ぜっ全然!是非行きましょう!何なら今からでも!」  長屋さんは一瞬きょとんとして、それから笑った。 「今から事務所戻って上げなきゃいけない書類があるから……そうだな、1時間後は?」 「えっ、良いんですか?」 「勿論」  長屋さんは目尻を下げて、優しく優しく微笑んだ。

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