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第3.5話
あの夏の日を、今でもはっきり覚えている。
「星期ソリューションの長屋と申します。堤様のお電話でしょうか」
はい、と若い男の声が返ってくる。
「あと三十分くらいでお伺いできると思うんですが、ご在宅ですか」
「三十分後くらいですね。大丈夫です、お願いします」
自分も含め若い男というのは往々にして愛想がなくぶっきらぼうなものである。
しかし聞こえてきた声は瑞々しさを感じる程若いのに、実に感じがよく爽やかだ。
申し送りには「依頼主ご高齢。代理人より入電」とある。
この青年が代理人だろう。近所に住む親戚が代わりに電話を掛けてくるのはよくある事だ。
俺を出迎えてくれた青年――堤君は声の通りの、実に瑞々しい美青年であった。
大変だ、好みだ。
染めているのか自毛なのか、色素の薄い髪はサラサラ。
白シャツに黒いベスト、腰にはサロンを巻いている。首元を緩めているものの、流石にその格好は暑そうだ。それなのに彼は涼しげな顔で「お願いします」と俺にぺこりと頭を下げた。
「ご親戚の方ですか?」
「似たようなもんです。俺、隣のビルでバイトしてるんですけど、ばあちゃんはそのビルの大家さんで」
確か隣は飲食店がいくつも入った古い雑居ビルだった。
なるほど、バイトを抜けて来たらしい。
「ばあちゃーん、修理の人来てくれたよー!」
「はいはい。ご苦労様、よろしくお願いします」
彼に呼ばれ、家の奥から出てきた「ばあちゃん」は60代前半の、まだまだ元気で綺麗なご婦人だった。
「居間のエアコンがね、動かなくなっちゃってね」
と居間に案内されると、カタカタと古い扇風機だけが動いていた。
俺は作業に取り掛かり、彼女がお茶の用意を始めると「ばあちゃん、それ俺やる」と言って堤君はその仕事を奪っていった。
整いすぎた容姿はいっそ冷たく映る程だが「ばあちゃん」の世話を焼く姿は何とも微笑ましく胸を打つ。
これがギャップ萌ってやつか。
*
「移動中も暑いでしょ?そこの自販機で買ったやつで申し訳ないんですけど」
無事修理を終え、バンに乗り込もうとした時だった。
堤君に差し出されたのはよく冷えた麦茶のペットボトル。
「ありがとうございます……」
連日の猛暑に修理依頼が詰まっている。それだけに堤君の気遣いには感動した。うっかり恋に落ちてしまいそうなほど。
この麦茶は勿体なくて飲めそうもない。
俺は所謂クローゼットゲイというやつで、これまで付き合ったのは全員女の子だったけれど、恋の相手はいつも男だった。
そして、俺の頭の中は数日前ちらりと会っただけの堤君でいっぱいだ。
ぼんやり今日の日程を確認していてハッとした。
ギッシリ詰まった予定の中に、例のご主人が入院中の病院が入っている。
「明後日も見舞いに付き合ってくれるの、優しい子でしょ。バスが出てるから大丈夫って言ってるのに」
と嬉しそうに話していた奥さんを思い出す。本当の孫のようだったな、と微笑ましく思うと同時にむくりともたげた期待に胸がざわつく。
いくつも棟がある大きな総合病院だ。
そんなバッタリ偶然、会えるわけがない……と思っていた。
だが「そんな偶然」が実際に起きるのは、数時間後の話である。
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