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第1話

   自分以外の誰かに触られること。    それは、自分以外の何かが付着すること。     自分が自分で無くなること。  俺自身が何者で、俺自身が何であるべきなのかわからなくなること。 怖い。たまらなくこわい……。    ……俺は他人が大嫌いだ。 section1:トリカラにレモンはかけないべ   「中瀬君。私ね、あなたのことが一年の頃から好きだったの…」  まーたこれかよ… 「だからね…良かったら私と付き合って欲しいの!」     べただねぇ。体育館裏に呼び出して、案の定赤く染まった顔とうるんだ瞳。  膝上にあるひらひらのスカートに、恥ずかしそうにもじもじしている足元。  The・女の子って感じ。睫毛がくるくる長くて、口元はつやつやしてて綺麗な…なんていうの?桜色に染まっている。  俺みたいな喧嘩ばっかしている野郎なんかとは180度違う。  俺の唇はガサガサしてささくれを引っ張ては血を出しているし、手の甲は人を殴った分だけ固くなっている。  背はちっちぇし、体はちょっと力を入れただけでぽっきり折れちまいそうだ。  ほんっとに、可愛い。 「付き合ってほしいって恋愛的な意味ってこと?」 「…うん」  少し恥ずかしそうにうつむく顔。胸にかかったパーマのかかった髪はきっといい匂いがするんだろう。 「うん、いいよ」    羨ましいくらい。 「つきあおう」  俺は中瀬正人。今年で高校三年生。そんでもって現役ヤンキー。  正直女子にモテモテの学校一かっこいい男です。    今日も今日とて学校の授業というものは面倒くさい。  俺が机の上に足をのせたり、舌打ちする度びくびくする先生。微妙に俺から遠いクラスメイトたちの席。  まず‪一時‬間近くじっとすること自体無理だ。よくもお前らはこんな狭いところでじっとできるもんだ。    髪型、服装、言葉遣いにモラルに思想。  何もかもに規範が設けられ、髪はこうしなさい。色は黒色。着る服はこれ。例外は認めない。一人称は 男の子なら僕、女の子なら私。あっでも発表するときは男の子も私っていうのよ…  っっっめんっどくさい!!!!  なんでそんなことまで決めつけられて守らなきゃいけないわけ?  日本の高校生教育って高校生をなめてる。  そんなの理由もなしに守れとかわけわかんねぇし。  頭ごなしにだめとかいうから、俺みたいな不良が出来上がっちまうわけなんですよ。    タバコとか覚醒剤とかするなよっていうビデオを流すから、わざわざやってやろうって思うんじゃね?    そういう自論のもと生きてきた俺は、高校に入って約二年でいつの間にか立派に不良と呼ばれる類の人間になっちまったわけで。  どうせ、こんな俺のことなんて一週間もすれば怖くなって逃げちまうだろう。  煙草に火をつけながら、昼休憩に告ってきた可愛い彼女のことを想った。  俺と付き合っても碌なことがない。     前の彼女の時はオレがダチのところに連れていってやったときはビービー泣き出したし、前の前の彼女は 付き合ってその日にホテルに連れ込んでいざ…!とシャワーから出てきたらもぬけの殻だった。     俺の女を見る目がねぇのか、それとも女たちに男を見る目がねぇのか。  俺には皆目見当がつかねぇが、きっと俺を捨てていった女の子たちにはわかっていることなのだろう。  とりあえず俺には女を見る目も女運もねぇ。  だけど、どうしてか告白なんてものは拒んだこともない。  一度に何人もの女を彼女にしたこともある。  どうしてこんなくず男に告白なんて仕掛けてくるのだろうか。  不思議で不思議でたまらんねぇけど、心のどこかでほっとしている自分もいるわけで。  ほんとなんでなんだろう… 「おい、中瀬」 「ん?」まだ授業中だぞって言おうと思ったら、もうとっくに時計は下校時間を指していた。どうやら考えごとをしていたら、こんな時間になっていたらしい。 なんてこった。押し付けられる義務教育ってのは嫌いだが、考えることとか頭使うのはそんなに嫌いじゃないの、俺の誰にも知られたくない秘密事項だっていうのに。 「なんだよ」  話しかけてきたのは、俺とは違うグループのリーダー、木原だ。  木原はやたら人の顔を近づけた話すからあんまり好きじゃない。 「お前、いつまで机に座ってんの?優等生?」 「ちげぇよ。で?何、お前が俺に話しかけてくるなんて…下級生がなんかやらかしたのか?」  にしてはどうにも穏やかな放課後だ。いつものように生徒のわちゃわちゃ話す声が学校中に満ちている。  野球部のでかすぎる挨拶も少し離れたここまで聞こえてくる。 「違う」木原は首襟まで伸びた髪をゆうるりと、振った。「お前に用があるっていう一年生が教室まで来ててよ」 「一年?」  なんだよ。果たし状かなにかか?  三年の俺に喧嘩を挑もうなんてなかなか見上げた根性のある奴じゃん。 「OK ありがとう木原。ちょっくら絞めてくるわ」  丁度むしゃくしゃしてたんだわ。ちょうどいい。 「いや、たぶんそういうんじゃないと思うんだけど」  ぽつり、木村は呟いた。 だが、俺には届いてなかったわけだーーー。 「中瀬先輩!!」  教室に出て、辺りを見渡して俺に喧嘩を売りに来たという小生意気な一年を探していると、不意に背後から俺の名を先輩付きで呼ぶ声が聞こえて俺はハッとして勢いよく振り返った。  そこには俺より少し背の高い優男が立っていた。  真新しい何の細工もされていない制服をきっちり第一ボタンまで留めて着込んでおり、髪も生粋の日本人よろしく真っ黒。耳元にも口元にも何にもついていなくて、何の悪意も、敵意もなくのほほんと其処に立っている。  そして、俺を見るたび表情が崩れた。  満面の笑顔だ。 「?????」  待て待て。俺になんか喧嘩とか吹っ掛け来た奴じゃねぇの?え?  なんで、この男はこんなに笑顔なの? 「やったぁ!会えた!」  目の前の男は俺を前にして無邪気に喜んでいる。  ん?なにごと? 「……なに」 「俺!草屋 弘毅っていいます!!」 「いや、知らねぇよ」 なんだ、この変な男。なんか、ふわふわしてて、わけわかんない感じ。絶対相容れないタイプ。 「って何しに来たの」 溜息をつきながら、仕方なく聞いてみてやると、男は突然太陽も逃げ帰るほどの、キラッキラの笑みを浮かべた。 「え?なにって決まってるじゃないですか!!」  そ、そうだよな。やっぱ男が男が呼び出す理由なんて一つしかねぇべ!!決とu… 「告白です」  …は…?今なんて? 「好きです、中瀬さん。付き合ってください」  …………頭が真っ白になった。    ★☆★☆   「なんでしょうが焼きってこんなにうまいんだろう」   大きくてひらひらした豚肉に艶めくタレが絡んで、口の中には甘辛い味が口いっぱいに広がって…  そして千切りのみずみずしいキャベツを口に突っ込んで、そして仕上げに真っ白い炊き立ての白 飯をかきこむ。  幸せだ。俺の幸せって案外簡単に手に入るもんなんだなぁ…  ってこれ誰が作ったんだろう。  正直俺好みの味だ。一体誰が… 「中瀬さん、美味しいですか」 「うん。最高だ!おかわr…!」  からっぽになったお茶碗を掲げながら、俺は勢いよく顔を上げる。  そこには満開の笑顔を浮かべた男がいて… 「あっ!中瀬さん。口元にごはんついてますよ」  男の顔が笑顔のまま近づいてくる。   あーんとくちを開けて、俺の口に…     「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」  勢いよく起き上がる。  俺の上にかかっていただろう白いシーツは空を舞ってそして地に落ちた。  なんなんだ、今のは。悪夢か!?  辺りを見回すと、そこは保健室だった。  ここは相も変わらず消毒液の匂いがする。  その匂いでさっきのやたら生々しい感触が消えるように慌てて口元を袖で拭う。  脂汗の量が尋常じゃない。シャツはじとじとに濡れていてずっしり重く何だか気持ち悪い。  はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ…  ひどい夢だ。上げて落とすとはこのことだ。  俺は少ししょんぼりしているように見えるくしゃりと地面に落ちたシーツを拾おうと、ベッドから抜け出そうとしたとき。 「中瀬さん!!起きましたか?」    あ、あ、あ、あ、  悪夢が現実になってしまったのか。 「なんで、ここに…てか、お、お前…」 「いや、だって中瀬先輩急に倒れちゃったから」  悪夢の権化はへらへらと笑ったまま、俺の方に近づいてくる。   「お、俺が?マジで…?」  一歩後ずさった。  なんだ、こいつ。なんか…嫌な感じがする。 「はい!すごく心配しました。だからここまで、俺、運んできたんですよ」  じりじりと後退をする。  だけど、どうしてだろう。奴との距離はどう見ても狭まっている。   「あ…あ…、ちょ、えっと、待って」 「中瀬さん」  奴は俺の眼前まで迫っていた。  俺の目は、まるでブラックホールみたいに奴の目に吸い込まれる。  奴の目は黒かった。  その黒は酷く強い光を帯び、そのギラギラとした人を食うような光に、思わず息をのむ。  強い光だ。その色は太陽光のように俺の足元ごと照らすようにらんらんと輝いている。 「さっきの返事、貰ってもいいですか」 「さっきの、返事…」 誤魔化そうと顔を背けて、知らねえなと嘯いてみせる。 すると、突然骨ばった手が突然俺の方に伸びてきた。そしてがし、と顎を掴まれる。 上向きに無理矢理されて、目の前がブラックアウトする。 「?!」 唇が暖かい何かとくっついている。 唇だ。薄くて大きな唇。暖かい。 不意にミントのツンとした匂いがした。生ぬるい風が鼻に当たった気がした。 再び、背中を指で下から上へなぞっていくようなぞっとするような感覚に襲われた。 慌てて、俺の身体にくっついているものを引き剥がそうとする。 ……だけど、まるで鉄製の何かにでも掴まれたかのようにビクリともしない。 ぬるり。 ……な、なんだ。 この、感触は……。 さー……と血の気が引いていく気がした。 身に覚えのある感触…… こ、これは…… この、唇を舐めるいやぁな感触は…… 「……んっ」 歯を食い縛ろうと思っても間に合わず、僅かにあいた隙間から、湿った舌がすかさず入ってきた。 「……ん、ん、んん、ん…………!」 口内をなりふり構わず蹂躙される。 無理矢理舌を絡め取られて、じゅぷじゅぷと唾液を流し込んでくる。 他人が俺の中に流れ込んでくる。 気持ち悪い……吐き出したい…… 「……ん、っん〜〜〜〜!!」 いやだ、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い……!! ……はっ…………!! 他人が離れる。 焼け付くような熱が離れて、身も捩れるような気持ち悪いドロドロした感触だけが身体の中に残る。 奴の唾液、奴の汗、奴の体温。 俺の中にある、俺以外の何か。 ……吐きそう、気持ち悪い、吐き出したい…… 「ごめん……」 「……はい」 「お、まえ、き、きもち、わる、うっ」 「は、はい、で、でも、おれ、諦めねぇですか…………え?」 キラキラキラキラ〜 俺は盛大にぶちまけた。 ……奴の制服の上に。 なんてことだ……情けねぇ       つづく

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