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第2話

  ~前回のあらすじ~ 男に告白されて吐いた。 災厄だ。害悪だ。天災だ。 なんてこった。何がどうなって、こうなった? 俺が何をしたっていうんだ。 どうして、俺は男に告白なんてされちまったんだ? section2:しつこい脂っぽさは嫌われますよ ……学校へ向かう足が大層重い。 スニーカーの中に小石を大量に詰め込まれてしまったかのような、尋常ではない重さだ。 さっきから靴底とアスファルトが擦れてズルズル言っている。このままでは、三日も経たずに俺のスニーカー君に穴が開いてしまうだろう。 頭も体も異常に重い。視界もさっきからはっきりしなくて睫毛がちらちら邪魔をする。口からは、あーだの、うーだの気の抜けた声しか出ない。 満身創痍だ。俺はそろそろ死んでしまうのかもしれない……。 原因はもう既に特定済みだ。 ……あいつだ、あいつしかあり得ない。 草屋弘毅…… 俺は三日前、そいつに出合い頭に告白された。しかも後輩。 ……俺、今年で三年だべ?しかも男だ。しかも自分で言うのもどうかと思うが明らかに関わりあいたくないような人種…… そいつは制服を一つも着崩さず、第一ボタンまでしっかりとめて、髪も日本男児と言わんばかりの真っ黒け。眉毛はりりしくて、ピアスの一つも開けてやしない。 どう見てもいい子ちゃんって感じ。 それに対して俺といえば、髪は明るい茶髪でピアスも開け、制服なんてボタンの一つも留めていない。眉はつかめるほどもなくて、煙草もこっそり吸っている。 誰が見ても素行のいい生徒には見てくれないだろう。 とっくに昇りきった太陽をぼんやり眺めていたら、ため息が勝手に漏れた。 「ごめん、俺、もう彼女いるから」 二日前。当然のように放課後に俺の教室に前で中瀬先輩と声をかけてきた草屋に俺は向かい合うなり言い放ってやった。 だから、お前の気持ちには応えられない。 そう、きっぱり言い放ってやったのに。 奴はなんの迷いも、感傷もなくきっぱり言い放った。 「別に構いません。俺、頑張って俺のこと好きになってもらうんで!」 眩暈…… お前に罪悪感というものはないのか。そして常識という名の人間のバイブルはっ! 俺はノンケだぞ?わかって言ってんのか? 俺はわざわざ奴にお前のそれは不毛なものであると教えてやったのに、なぜだかそいつはそれ以来俺にべったりだ。 べたべた、べたべた放課後になると付きまとってくる。 俺がダチんとこに行くから離れろ、と言っても、小指をたててカノジョのと帰ると行ってもききやしねぇ。 奴は、 「オレも一緒に行きます!」 と言ってきかないのだ。 ……もしかしたら、俺はとんでもない奴に目をつけられたのかもしれない。 俺のあの日感じた嫌な感じは的を射ていたわけだ…… 草屋弘毅…… 奴のせいで俺の体調は爆発寸前だ…… ★☆★☆ 「せーーんぱい!!!」 学校に着くなり、草屋は俺に背中からくっついてきた。 「ぎゃああああああああああああああ!!!!」 背中に瞬時に寒気が走って、俺はは思わず情けない声を上げた。 「や、や、やめろっ!!」 体をくねらして、草屋の腕から抜け出した。鳥肌が立った腕を摩る。 「後ろから抱きつくのはやめろって前も言ったろ?!」 「ええ?それは昨日だけだと思っていました」 「ンなわけねぇだろ。てか俺はおめぇよりも歳が二つも上なんだから、くっついてくんな。鬱陶しい」 振り切るように俺は廊下を早歩きを開始するが、草屋の方が足が長いためか、やっぱり引き離すどころか簡単に距離を詰められて、すぐさま肩同士がべったりくっついてしまう。 「ねぇ、ねぇ。中瀬さん。今日は寝不足ですか?顔色が昨日より0.85パーセントぐらい悪くなっていますよ」 「こまけぇ……!!きっもい!!!てかっそれ、お前のせいだからっっ!!!」 「寝不足にはアロマとか、ホットミルクとかいいですよ。あと、寝る前のブルーライトはよしてくださいね。昨日だってどうせ遅くまでゲームやってたんでしょう?それに中瀬さんの食生活も最悪です!! 朝は食べないで、昼は購買のパン一つ。夜はとんべえばっかり食べてるんでしょう!!規則正しい生活はよい眠りには鉄則ですよ!!」 ぶるり、と寒気がした。……なんでこいつは俺の食っているものや、夜やってることがわかるんだよ。 「う、うるせぇな。お、俺が、何を食おうがなにをしようが、俺の勝手だろ!?」 自然と声が震える。なんだかよくわからないが果てしない恐怖が俺の足元からずるずると這い上がってきているかのようだ。 心なしか、寒気がしてきた気がする。 思いっきり引いている俺に全く構う様子もなく、草屋は続ける。 「それに強いストレスを感じると人は眠りにつくことが難しいらしいんですよ。だから夜は中瀬さんの息子さんを可愛がってあげて、何も考えられなくなった状態でまるで落ちるように眠りにつくと……はっ……!そうだ、中瀬さん。寝る前に良かったら俺がヌイてあげましょうか。それで……」 「うるせぇっっだまれっこの変態野郎が!!!!」顔が噴火する火山並みに熱い。なにをそうぬけぬけと害の一つもない顔でセクハラ発言かましてんだ。 草屋は爽やかな顔で、言っていることがまったくわかりませんとでも言うように首をかしげて見せる。 俺は思わず、立ち止まってまじまじ草屋の顔を覗き込んだ。 「お前なんなんだよ!!見るからに優等生になんだから、そんなふうに気色悪く俺に絡んでくるんじゃんねぇよ!!散れ!!」 「中瀬さん酷い!!俺、これでもチョー我慢してるんですよ!?でも中瀬さんがまた吐いちゃヤだから……抑えてるんです」 「地味に論点ずれてるし……ちげぇ、俺はお前と一つの関係性も持っていないわけ。つまり赤の他人。お前は俺に絡める権利すらねぇのよ!わかったか?」 「え?なんでですか?中瀬さんを好きになったり、話したりするのに権利なんているんですか?」 「あ、あたぼうよ」 俺はこれで奴を引き離せると勝手に思い込んでいた。だけどそれは全くの見当違いで、勝手な思い込みだった。 ……この時は全く気づかなかったのだが。 何故なら、この時奴は珍しく引き下がったのだ。 心の底から反省したかのような、尻尾をだらりと垂らしてしょんぼりする子犬の目をして、そうですか、分かりました、とこう言ったのだ。 俺はこいつのことをまだよく知らなかったから、その言葉だけで、信じてしまった。 俺は心做しか小さく情けない背中が遠ざかるのを見送りながら、ここぞとばかりに馬鹿笑いを贈ってやった。 わはははははは!!俺はもう、自由だ!!! それは仮初の自由とは知らずに。 つづく。

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