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第1部「向日葵畑で君に逢えたら」第1話

久しぶりの休日に、綾(りょう)は愛用のカメラを持って電車に乗った。 目的地は特に決めていない。その時の気分でふらりと知らない駅に降りて、見たことのない風景に出会う。写真を撮りたくなると、いつもそんな風に気ままな遠出を楽しんでいた。 車窓から見えた「向日葵畑」というノボリに惹かれて、小さな田舎町の駅に降り立つ。 案内表示を辿りながら、車一台通らないくねくね道を10分ほど歩いた先に、見えてきたのは黄金の煌めきだった。 綾は、突如現れたその光景の眩しさに息をのんだ。 あの頃の自分は、まだ漠然として先の見えない将来に不安を抱きながら、それでもたくさんの夢を思い描いていたのだ。 その夢のひとつに、彼がいた。 引っ込み思案で自意識過剰で、容易に人と交われなかった綾には、彼の物怖じしない真っ直ぐな明るさは憧れだった。 新興住宅地の、まだ販売が開始されたばかりの広い区画に、1番最初にぽつんと建った我が家。 綾が5歳の時に、一軒分空いた区画に新しく家が建った。引越しの挨拶で、親に連れられてきたのは同い年の男の子だ。 人見知りを盛大に発揮して親の後ろに隠れている綾に、その子はにこっと屈託なく笑いかけてくれた。 それが……彼だった。 音もなく静かに風に揺らめく黄金の波。 綾はしばらくの間、カメラを取り出すのも忘れて魅入ってしまっていた。 鄙びた田園風景に突如現れた小さな太陽たちの群れは、もうすっかり忘れていたはずの幼い日の記憶を、鮮やかに蘇らせる。 茹だるような暑い陽射し。耳に突き刺さる蝉の鳴き声。そして… 朝から張り切って作っていたピクニック弁当を抱えて歩きながら、楽しげにお喋りしている母親たち。 首に虫かごをぶら下げ、虫取り網を旗のように振り回しながら、時折じゃれあって走り回る俺と君。 記憶の引き出しから不意に飛び出したその光景は、まるで目の前に今見えているように鮮明だった。 幻は鮮明だったが、あっという間に蒸した空気の中に霧散していく。

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