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第2部「動き始めた新しい日々に君と」第1話

マンションの部屋のドアを開けると、見覚えのない革のブーツがだらしなく転がっている。綾は鍵をポケットに仕舞いながら、眉を顰めた。 この1ヶ月ほど、ここは自分だけの城だったのだ。連絡ひとつ寄越さずに姿を消していた岬が、帰ってきている。 綾は、カメラバッグを抱え直して、真っ直ぐにリビングに向かった。 ドアを開けて部屋を見回すと、ソファーの背もたれから長い足が覗いている。 バッグをダイニングテーブルに置いて、ソファーに歩み寄った。 「帰ってたのか」 冷ややかに見下ろす綾に、岬は寝ぼけまなこで大きな欠伸をしてみせて 「なんだよ、そのしけた面。帰ってきちゃ悪いか?」 「別に。もうここの住所も忘れたかと思ってた」 岬はまたひとつ、くわーっと欠伸をすると、背もたれに引っ掛けていた脚を窮屈そうにおろして 「ふん。嫌味だねー。なに?怒ってんだ、いっちょまえに。綾くん、寂しかったでちゅか~?」 綾はますます冷ややかな顔になり、自分を揶揄う男を睨みつけると 「ばか。ふざけんな。居なくて清々してたから」 吐き捨てるようにそう言うと、くるっと背を向けてキッチンに向かおうとする。その手首を、岬がガシッと掴んだ。 「待てよ。バカとはなんだ?おまえ、随分と生意気な口がきけるようになったねぇ」 言いながらグイッと引き寄せられて、綾は足を踏ん張った。 「離せよ」 「拗ねるなって。ちゃんと帰ってきてやったろ?」 「待ってない」 「素直になれよ。寂しかったって言ってみ?」 「離せったら!」 綾は岬の手を振りほどこうともがいたが、逆にグイグイ引き寄せられ、無理やり抱き竦められた。 「お帰りのキスはしてくんないのか?」 長い腕で絡め取られ、横から楽しそうに顔を覗かれて、綾はそっぽを向いた。 「しない。離せよ」 「可愛くねえな」 岬の口調がガラッと変わる。 綾はヒヤリとして、横目で彼の顔を見た。 口調だけじゃない。醸し出す雰囲気も表情も、急に凄味が増した。怒らせるとタチが悪いのだ、この男は。 「いい子にしねえと罰ゲームだぞ」 「絡むなよ。酔ってるのか?」 岬から酒の匂いはしないが、女物の香水の残り香が漂っている。 「酔ってねえよ。酒はこれから飲むんだ。おまえをツマミにな」 岬の手が言いながら胸の辺りをまさぐり始める。 綾は露骨に嫌な顔をして 「よせって。そういうの、もうしないって言ってるだろ」 「ふん。それを決めるのは、おまえじゃねえんだよ。大人しくしてろ」 長い指が蠢いて、シャツの隙間から中に忍び込む。指先がちょうど乳首の辺りを掠め、綾はピクっと震えて身を竦めた。 「…っ触るな」

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