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挿話「岬と綾」30
食事の介助なんてしたことがないから最初は戸惑っていたが、岬はふざけたりはせず神妙な顔で綾が差し出すおじやを大人しく咀嚼していく。何度か同じことを繰り返すうちに、だいぶ慣れてきた。
「もう少し、食べる?」
「うん」
綾はひとさじ掬うと、ふーふーと息を吹き掛けた。
「……?」
階下がなんだか騒がしい気がする。綾は首を傾げながら、冷ましたおじやを岬の口元に持っていった。岬があーんと口を開ける。
その瞬間、バタンっと派手な音をたててドアが開いた。
「?!」
驚いて振り返った視線の先には、何故か血相を変えて肩で息をしている蒼史朗が立っていた。
「……え?」
「お?」
「あれ?」
3人同時に頭の上に?を飛ばす。
蒼史朗は目を丸くしてこちらを凝視していたが、すぐに我に返った顔になり
「あ。あ〜…ごめん、なんか俺ちょっと、」
今度は慌てふためいた様子でそのまま後退ろうとする蒼史朗に、岬が声を掛けた。
「あ、待って?蒼史朗くん!」
綾は唖然としてスプーンを持った手を宙に浮かせたまま、岬と蒼史朗の顔を交互に見比べる。
呼び止められた蒼史朗は、一瞬怯んだ顔になりバツが悪そうに頭に手をやって
「や、すみません、俺ちょっと勘違いして」
「蒼?どうしたの?」
「あ~……。下でおばさんに綾のこと聞いたら、隣の部屋っていうから俺、ちょっと違うこと考えてさ、」
「え?あれ?蒼、学校は?まだ授業あるじゃんこの時間って、」
蒼史朗はますます苦笑いになり
「や、先生がさ、なんかすげぇ意味ありげな言い方すっから。綾、ひょっとして思ってるよりヤバいんじゃないかって、」
「……早退したの?」
「ん〜……ま、早退っつーか、トイレ行くフリしてそのまんま抜けて来ちまった。はは……」
綾は苦笑している蒼史朗の顔をまじまじと見つめた。
後でLINEすると言っていたから、その時に状況を説明するつもりだった。
まさか勘違いして、こんな血相を変えて家に来てくれるなんて……。
「怪我したのは、俺。綾も危なかったけどね、俺が庇ったから擦りむいただけで済んだ感じかな」
ベッドの上の岬が、笑いを堪えるようにしながら口を挟む。蒼史朗は、肩に掛けていたスポーツバッグを床に放り出すと、つかつかとベッドに歩み寄った。
「岬さん…でしたっけ。じゃ、2人で一緒に事故に?ひょっとして、腕、折れてたり?」
「うん。左腕と手首。後はあちこち打撲」
「うわ…」
蒼史朗はまるで自分が痛むように顔を歪めた。綾はようやく我に返り、手に持ったままのスプーンを器に戻すと
「ごめん。LINEで状況、説明するつもりだった」
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