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挿話「岬と綾」29

「あーん」 また、口を大きく開いて催促された。 綾はトレーを膝に置いたままで、じと…っと岬の顔を睨みつける。 「や、食わせてくれないのかよ?」 「それ、キモい」 「やれやれ。綾はツンデレだな。俺、腹減ってるんですけど~?」 綾は鼻の上に寄せた皺をますます深くして、トレーを持ち上げ 「あんた怪我したの、左手。利き手は右なんだから、自分で食べられるでしょ」 そのままトレーを岬に押し付けようとすると、岬は口を尖らせた。 「うわ。冷たいなぁ…綾くん。折れたの左だけどさ、右手も捻挫してるんだよね、俺」 わざとらしく大袈裟に痛そうな顔をしてみせる岬に、綾は内心ため息をついた。 食事の補助をするつもりで、母が用意してくれたおじやを部屋まで運んできたのだ。 岬が変に揶揄うような態度をしたりしなければ、ちゃんと食べさせてあげるつもりでいた。 「あんたが悪いんじゃん。変なことばっか言うから」 「あんたじゃなくて、岬な。あーんが嫌なら口移しでもいいけど?」 「…っ、口…っ?だ、誰がっ…。あんたってほんっとキモい」 顔を歪めてそう言うと、岬は楽しそうに笑って 「くくく…可愛いなぁ…。そういう反応するから、つい揶揄いたくなるんだよ」 「そういうことばっか言うから、食べさせてあげたくなくなるんだし」 綾はトレーを岬の膝の上に乗せると、イライラしながら立ち上がった。 「あ、待て待て待て。俺が悪かったって。そんなムキになるなよ」 綾は岬の顔をじっと見下ろした。 「ごめん。もう余計なこと言わないからさ。食べさせて?な?」 急に下手に出る岬に、綾は眉をひそめた。 「また変なこと言ったら、俺もう食事の手伝い、しない」 「わかった。黙るよ」 「右手の痛み、治るまでだからね?」 「了解」 神妙な顔をして頷く岬に、綾は表情をゆるめ椅子に座り直すとトレーを持ち上げた。 膝の上に置いて、スプーンでおじやを掬うと、そのまま岬の口元に持っていこうとして、ふと手を止めた。 「……まだ……熱いかな」 「や、冷めてるだろ」 さっき出来たてをトレーに乗せた時は、お椀から湯気がたっていたが、パッと見にはもう冷めている気がする。でも、おじやはとろみがあるから、表面は冷めても中の方は熱々なままだったりするのだ。 綾は首を傾げると、掬いあげたスプーンにふーふーと息を吹きかけた。 小さい頃、熱を出して寝込んだ自分に、母がこんな風にしてひと口ずつ冷まして食べさせてくれたのを思い出した。 そのまま口元にスプーンを持っていくと、岬は口を閉じたままで、こちらをじっと見つめていた。 「…なに?口、開けてよ」 「お……おお」

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