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第1話

____空が青い。 こんな日は、無性に消えてしまいたくなる。 ああ、また意味のない1日が始まるんだ。 そう確信してしまうから。 「本日より入社いたしました、椎名優斗です。よろしくお願いします」 紺のスーツにマルチストライプ柄のネクタイと言った、いかにも正社員らしい格好でこれから世話になる職場へと足を運んだ俺は今年で21になった。 短大を出てなんとか就職先を確保できた安堵で若干肩が軽いが、それでもこの緊張は抜けない。 同期は3人。 同じく大卒の人間らしい。 「椎名君は確か、事務経理担当だったね。今日は支配人が不在で申し訳ないけど、現場主任の松本が手取り足取り教えてくれるから、頑張って」 ハンサム、という言葉が似合いそうな30代くらいの男性だ。 胸元の名札には『佐々木 竜二』とある。 どうやらフロント係の主任のようだ。 高級ホテル、というほど敷居の高いホテルではないがビジネスホテルにしては外観も内装も手が凝っている。 「キミは浅木俊太君、だったね。僕と同じフロント業務志望と聞いたんだけど」 「はい! 精一杯頑張ります!」 同期の生き生きとした顔に少し圧倒される。 本気でこの業界に憧れて入りました、そう目で訴えているようだった。 仕事なんて、ただ生きる為の金銭稼ぎが目的で、果たしてやり甲斐があるのだろうか。 新人社員一同の挨拶を終え、通勤用の鞄から取り出したファイルにマニュアル資料をしまった。 「椎名君」 「はい」 「宴会場に松本がいるから行ってほしいんだけど、場所分かるかな? "白鷺"の間ってとこ」 「一度、会場見学はさせていただいたので把握しています」 「そっか、助かるよー。手が放せなくてごめんね」 軽く会釈をして事務所を出た俺は、言われた通り白鷺の間へと向かった。 背伸びをしても到底届かない天井に無数に下げられたシャンデリアは、俺の心臓を鷲掴みにするような不快感を与える。 こんな綺麗な場所、俺には場違いだ。 白鷺とプレートに表示された会場を覗くと、タキシードに身を包んだスタッフ達が会場準備に取り掛かっていた。 「今日は12時から70名の会議、その後に100名の宴会準備が入るから仕切りは開けやすくしといてねー!」 「はーい!」 200人は入れる広い会場で、各々が俊敏にイスやテーブルを並べている。 松本主任、て……誰だ。 今さら、佐々木さんに聞いておけばよかったと後悔しても遅い。 だが、女性スタッフが会場を出てくるのが見えてシメたと思った。 「すいません」 「はいっ? あれ、君は」 「本日入社しました、椎名です。松本主任をお願いしたいのですが……」 「ああ! 新人君ね! ちょっと待って、松本さーん! 今日から経理課に入った子、挨拶終わったみたいよーっ」 さすが宴会スタッフと言いたくなる声量の迫力。 俺には世界が違いすぎる。 若干引き気味にその場に棒立ちしていれば、若気な男性が「はいはーい!」と言いながらこちらへ向かってきた。 「初めまして、椎名優斗君だっけ? よくここの場所分かったなっ」 「面接の時に見せていただいてたので」 「その一回で覚えられるなんて、優秀だ」 ははは、と笑う松本主任の端正な顔立ちには一瞬体が硬直してしまう。 だが、あまり好きなタイプではない。 優秀とか、心の中では思ってもいないくせに笑顔でお世辞を言うような男。 「なーんか、しっかりしてそうだし常識ある子って感じで良かったじゃん。あんたは問題児にも優しくしちゃうしね〜」 「うるさいぞ、早見。ほら、さっさと仕事に戻れー」 「はーいはい。椎名君、最初は大変だと思うけど頑張ってね」 「ありがとうございます」 早見、と呼ばれた女性が席を外すと松本主任は宴会場を一瞥しこちらを振り返る。 「ここはあいつらに任せて、事務所に行こうか。そういえば、ヘルプ業務聞いてる?」 「はい、聞いてます。宴会と宿泊予約、ですよね」 「そ。一応俺が宴会スタッフのチーフ兼事務担当だから、椎名君には主に宴会ヘルプをお願いすると思うけど」 「よろしくお願いします」 ただ、仕事をするだけ。 それだけだ。

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