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【チョコ●●●】圭琴子

 祭り囃子(ばやし)が、雑踏に負け気味に細く聞こえている。毎年開催される地元の夏祭りで、俺はチョコバナナ売りのバイトをしてた。定職には就かず、いわゆるフリーターってやつだ。今日は最終日だから、叩き売りの声なんかも聞こえてた。カラフルなチョコスプレーがかかったチョコバナナから顔を上げ、俺は人波に目を凝らす。  佐藤、遅いな……。またサービス残業かな。今日くらい、定時で上がれよ。  俺は佐藤の、面白くもなさそうな顔を思い浮かべる。いつ見てもスーツで、ブリーフケースを小脇に抱えて、元々茶色っぽい髪を、社会人としての身だしなみだからとか言ってわざわざ黒く染めている。フリーターなのをいいことに、二十五になってもブリーチしてる俺とは、人種が違うんだよな。 「お兄さん、一本ちょうだい」 「あ、はい。三百円です」  長い髪をアップにして、浴衣を着た若い美女が声をかけてきて、慌てて俺は我に返る。 「はい、三百円ちょうどね。好きなの、取って良ーよー」  うなじの後れ毛が、壮絶に色っぽい。 「じゃあ、これ!」 「ありがとねー」  俺は愛想良く笑って、美女の唇にチョコバナナが含まれるのをガン見する。先っぽをチロチロと舐めてから、ひとくち頬張った。  ッカ~。()ちそう。これが俺の、密かな楽しみだった。  俺は自分で言うのも何だがモテるタイプだったけど、付き合っても大体一ヶ月でフラれるのがオチだった。理由。フリーターだから。俺には全然その気はなかったけど、二十代半ばってのは女が一番結婚を意識する歳らしくて、ちゃんと働いてと迫られてはフラれてた。 「悪い新妻(にいづま)、遅くなった」 「おう、佐藤。また残業か?」 「ああ。悪い。……ってお前、何て恰好してるんだ」 「え? 暑いから」  佐藤はスーツのジャケットとブリーフケースを小脇に抱えて、それでもネクタイを緩めることはなくきっちりと締めて、いかにも会社帰りのリーマンだった。一方俺は、下はハーフパンツ、上は黒いエプロンをかけているだけだった。 「裸エプロンかよ」  思わず俺は、朗らかに笑った。くそ真面目な佐藤の口から発された言葉が、何だか可笑しくて。 「はっはは、お前でも裸エプロンとか言うんだな。お前の口から聞くと、何か変にドキドキすんな」 「笑い事じゃない。乳を隠せ、乳を」 「地球温暖化が悪いんだ」  保護者みたいな佐藤の小言を笑ってかわし、俺は開店前に買っておいたべっこう飴を佐藤の口に突っ込む。これで、ただのリーマンから、息抜きに夏祭りを楽しみにきたリーマンのいっちょ上がりだ。佐藤は大人しくなって、べっこう飴を口に入れたまま、十本ほど台座に刺さっているチョコバナナを選ぶような素振りをする。『サクラ』。これが、俺が毎年佐藤に頼んでいる仕事だった。まあ仕事と言っても、バイト代は余ったチョコバナナの現物支給だけど。  佐藤とは小さい頃から家も近所で、幼馴染みというやつだった。高校を卒業してすぐにフリーターになった俺とは違って、佐藤は国立大学に入って中堅の企業に正社員として就職したんだけど。佐藤にとって俺は、『悪友』というやつかもしれない。 「お父さん、あれ買って~!」  さっそくサクラの効果か、家族連れが足を止める。小さな子が四人! 一気に四本の売り上げを見越して、俺は笑顔で手を振った。 「いらっしゃい、美味しいよ!」     *    *    * 「ごめんなあ、佐藤。余らなくて」  言葉とは裏腹に、俺はウキウキと家路を辿る。店の後片付けはプロに任せ、バイト代を受け取っての帰路だった。歩合制だから、懐が暖かい。 「うちで呑もうぜ。奢る」  これも毎年、定番になっている提案をした。 「ああ。バナナ食えるかと思って、夜飯(よるめし)食ってないからな。腹が減った」  佐藤はべっこう飴を舐めながら、コンビニに寄ってバナナを籠に入れた。 「まだバナナ食う気かよ!?」 「チョコバナナの口になってるんだよ。あとでチョコレートソース、貸せよな」 「良いけどよ」  クスクス笑いながら、俺の実家に二人で上がった。深夜で、家族はもう寝静まっている。だから気がねなく俺たちは、二階の部屋に酒とつまみを並べた。 「チョコバナナって、どうやって作るんだ?」 「ん? いつも横で見てるだろ」 「作ってみたい」  何だか真剣な表情で言う佐藤に、俺はチョコソースを出して、佐藤の買ってきたバナナを剥いて割り箸に差し、チョコソースをかけて見せた。 「こうやって……回しながらかけるのがコツ」 「ふうん……」 「これ、食う?」  試作品を差し出すと、佐藤は受け取って早速食べ始めた。べっこう飴を、無言で俺の口に突っ込んで。ギクッとした。佐藤の食べ方が、さっきの美女と同じだったから。先っぽをチロチロ舐めて、噛まずにペロペロとチョコソースを舐め取っていく。  お……落ち着け、俺。佐藤だぞ。幾ら彼女居ない歴三ヶ月だからって、これで勃つのはヤバい……。  無意識に、反応するムスコを隠すように股間を握ってしまったら、佐藤が笑った。滅多に笑わない佐藤の笑顔。余計にムスコは反応する。 「どうした? チョコバナナって、やっぱりそういう風に見えるよな」 「ち、ちがっ」 「何が違うんだ?」  不意に、佐藤がのしかかってきた。こういう悪ふざけはしない筈の、佐藤が。キスするみたいに、俺のくわえたべっこう飴をペロリと舐める。 「な、何す……アッ」  布越しに、ムスコを掴まれた。芯を持ち始めているのは、明白で。俺は『顔から火が出る』って思いをしてた。 「新妻。俺、小さい頃から、お前を意識してた」 「や……ちょ」  ジッパーに長い指がかかって、下ろされる。ジーッという微かな音が、ひどく大きく聞こえた。 「それに気付いたのは二十歳(はたち)の頃だったけど、思春期の勘違いかもしれないと思って、五年待った」  抵抗するのは簡単だったけど、何故だか俺は真っ赤に上気したまま、動けなかった。ハーフパンツを下着ごと下ろされて、俺は賞味の『裸エプロン』になっていた。 「ヒャッ」  冷たい感触に、思わず変な声が出る。ムスコを見ると、チョコソースがかかっていた。 「おま……この、変態……」  事ここに至ってようやく俺は弱々しく佐藤の胸を押し返したけど、ビクともしなかった。 「んっ……や、駄目」  佐藤が上目遣いに俺を見ながら、さっきのチョコバナナみたいに、先っぽをチロチロ舐めてから、チョコソースを舐め取っていく。 「や・ちょ……ん、出る、出ちまうって……!」  彼女居ない歴三ヶ月、そっちの楽しみと言えばマスタベだけで、禁欲すると感度が良くなると聞いた俺は、一ヶ月抜いていなかった。アブノーマルなシチュエーションと強い刺激に、あっという間に上り詰める。 「やっ、やだ、やめ……ん、ん゙――っ……!!」  隠しようもなく興奮して、俺は声を押し殺す。俺の出したものをいったん口内に収め、佐藤はたらりと唇から粘つく液体を垂らした。チョコの黒と精液の白が、マ-ブル模様になってムスコにふりかかる。 「はぁ……佐藤の……あほ!!」  肩で息をしながらも、俺はひどく傷付いて涙声で佐藤をなじる。遊ばれた。そう思っていた。 「ずっとお前が好きだった」 「……へ?」 「聞いてなかったのか?」  少し、佐藤が呆れたような声を出す。 「俺、小さい頃から、ずっとお前が好きだったんだ」 「う……っそ」  小さくしゃくり上げながら、幼馴染みに抜かれてしまった混乱の中、俯く。すると佐藤は、優しく唇を合わせてきた。頬に伝う涙も舐めて、柔らかく上唇を()む。 「ん……マジ?」 「マジ。本気と書いて、マジ」  くそ真面目が売りの佐藤が、そんな風に言うのが可笑しくて、俺は思わず笑った。佐藤のあほ……惚れてまうやろ! 「好きだ。愛してる」  深くなる口付けは、べっこう飴の甘い香りと、涙のしょっぱい味がした。 End.

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