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「はぁ…なんか、今日すげぇ疲れた…」 俺は箒を杖にして項垂れた。 今は、バイト先の閉店作業中で俺はいつも通り箒で床をはわいていた。 今日は一日中何事にも身が入らなかった。 何をするにも、今ひとつ集中出来なくて小さなミスが続いた。 そりゃ昨日、色々あったしな。と今日ばかりは自分に甘くないとやってられない。 「何?辛気臭い顔してさ?」 バイト先の店長、藤原潤(ふじわらじゅん)が俺の背中を叩いた。 潤さんは、33という若さで店を構えている敏腕シェフでその料理の腕は天下一品だ。 背は俺より少し高いぐらいだが、バランスよく鍛えられた体が男らしく映える。 女性からの人気も高く客の中には、店長目当てで来る人も少なくはないだろう。 まぁ、店長自身はいつもサラッと受け流す程度であまり興味はないようだ。 「あ、お疲れ様です。潤さん。」 俺は背筋を伸ばし笑顔で返答する。 「おぉ。おつかれ。今日賄い作ったから持って帰ってよ。」 「マジすか!やった、ありがとうございます!」 「いえいえ、玲くんにはいつも遅くまで頑張ってもらってるからね。」 店長が必殺級の笑顔で微笑む。 俺が女ならとっくの昔に射止められてしまっているだろう。 「そんなことないですよ。俺、このバイト好きなんで。」 俺も釣られてニコッと笑いかける。 「ほんと、高校生なのに偉いなぁ。玲は。」 そう言って、俺の左肩をトントンと軽く叩く。 大人の余裕と言うやつだろうか 潤さんを見ていると、俺もこういう大人になりたいという羨望が生まれる。 まぁ、ヒョロの俺とは似ても似つかねぇか… 昨日の事が頭を過り、誤魔化すのように自分に失笑した。 その後しばらくして、閉店作業が終わり身支度を整えて帰る準備をする。 俺は店長から貰った賄いを持って、「お疲れ様です。」と挨拶をして店を出る。 俺の心とは裏腹に、澄んだ夜空の元を歩いた。 少しだけ足取りが重いのは、森に会うのが気まずいからに違いなかった。 店からは、歩いて30分弱で寮に着く。 俺はいつも通りエントランスのドアを閉めて、4階に上がりドアの前で一呼吸置いた。 「よしっ…」 小さく呟いて玄関を開ける。 いつも通り。そう自分に言い聞かせた。 「た、ただいま」 少し声が上ずってしまった。 何を緊張しているんだろうか。 「…かえり」 リビングのドアを開けると、ソファに腰掛けている森がいた。 「まだ起きてたんだ…?」 「…ん」 沈黙が怖くて聞いては見たが、森の反応はいつも通り素っ気なくて、会話は2秒で撃沈する。 俺はとりあえず、貰った賄いをレンジで温めて森の横に腰掛けて食べ始めた。 き、気まずい… なんだろう。沈黙が痛い。 気にしているのはきっと、俺だけだからこの沈黙も俺のせいで森は気にもしていないのかもしれない。 でも、美味しいはずの店長の賄いの味を感じられない。 クソ…こんなの耐えられない… 俺は意を決した。 「あのさ、森…」 「何?」 「き、昨日のことなんだけど…その、いろいろあ…」 いろいろありがとう。 そう言おうとした矢先だった。 「昨日の事は、忘れて。」 「…へ?」 急な森の発言に変な声が漏れる。 「…別に昨日、柳葉にキスしたのはなんの他意もないから。落ち着かせるのに手っ取り早いかと思っただけ。」 いつもと変わらない平坦な声で言った。 「手っ取り早いって…」 「柳葉、なんか気にしてるみたいだったから。男同志なんてノーカンでしょ。」 「ノーカン…」 そう言われて、酷く落ち込んだ自分がいたことに驚いた。 いやいやいや、俺だってそれを望んでたはずなのになんでこんな落ち込む必要がある? 必死に自分に言い訳を繰り返す。 けど…けど… 昨日の森とのキスを忘れたくないという思いと忘れて欲しくないという思いが痛いほど胸をさした。 意味わかんねぇよ。これ。 「だから、忘れていいよ。」 冷たく耳に響いた。 「あ…あはははっ…そ、そうだよね!昨日は迷惑かけてごめんね。もう大丈夫だから。」 無理やり明るく取り繕う。 そうでもしないと、何故か熱くなった目頭から涙が零れそうな気がしたからだ。 俺は急いで、ご飯をかき込んだ。 「じゃ、俺風呂はいって寝るから。おやすみ!」 そう言って、俺は部屋を出た。 心臓は酷くズキズキ痛んだ。

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