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1-2 転校生と俺
柏葉が教室に来たのは、4時限目の開始直前だった。
すぐに小泉の数学の授業が始まったから、クラスみんなの好奇心は1ミリも満たされないまま昼休みになる。
授業の終了を告げるチャイムが鳴り始めると同時に、横から伸びてきた手が俺の腕を掴んだ。
訝 し気に隣を見ると、柏葉がスッと耳元に顔を寄せてくる。
「委員長にお願いがあんだけど……」
お前さっき俺のこと笑ってただろ?
『お願い』の前にまずその理由を教えようか。
そう言ってやりたいのを我慢して、笑みを浮かべる。
「何かな? 購買なら俺も行くから一緒に行こう」
「じゃあさ。人に囲まれねぇうちに購買行って、誰も来ねぇとこ連れてってよ」
「は……!?」
「頼むねー。終わったらソッコーで」
俺から手を離した柏葉が素早く机の上を片付けるのを見て、反射的にそれに倣 う。
小泉が宿題を言い渡し、日直が号令をかける。
「急げよ」
俺の肩を軽く叩いて駆け出す柏葉を追って、ドアに向かう。
「あれ? 委員長。柏葉くんとどこ行くの? 僕も一緒に……」
すでに通り過ぎた柏葉のあとに続く俺を、新庄が呼び止める。
「トイレだよ。漏れそうなんだって。また今度な」
新庄に手を振って、まだ人気のない廊下に出ると。振り向いた柏葉が笑みを浮かべた。
「言い訳に品がねぇな。で、どっち行くの?」
「こっちの東階段からが近い」
「オッケー」
柏葉と並んで廊下を歩く。
身長176センチの俺と、目線がちょうど同じ高さだ。
「購買はわかるけど、誰も来ないとこって何だよ。俺を襲う気でもあるのか?」
否定されるのが当然な調子で、柏葉に尋ねた。
中くらいの長さの黒髪で、あまり男らしくないと言われる顔立ちの俺は。自分ではごく普通の容姿だと思ってる。平均的な確率で世の中の女子のお眼鏡に適 う程度の。
ただし、男からの基準はちょっと異なるようで。
俺のどこにそそられる部分があるのか知らないけど、過去には狙われることが度々あった。
だけども。
だてにこの蒼隼 学園に、4年半も在籍してるわけじゃない。
これまでの経験から、俺をセックスの対象として見てるかどうかの判断は出来る。正解率100パーセントとは言い切れないのがつらいところだけど……コイツは違う。
「はー。そんなわけねぇだろ」
大げさに溜息をついた柏葉が、片方の眉を上げる。
「やっぱりここの生徒ってそーなの? いろいろ気をつけねぇとな」
ほらね。
ただ。柏葉のこの反応は、そういう生徒が当たり前にいる学校を知ってる人間のものだ。
「けど、普通に女が好きなのも多いみたいだしさー。どうなってんのかわかんなくて」
「うちのクラスにも両方面いるからな」
「だから、最初に委員長に聞いとこうと思って。知らねぇでトラブル起こすのも、面倒事に巻き込まれんのも俺は嫌」
「よく喋るじゃん。教室じゃ無口だったのに」
柏葉が笑う。
今度は瞳も口も。自然っていうより、子どもみたいに無邪気な顔で。
「何? さっきも席着いた時笑ったよな、俺のこと」
「あーアレね。だって、ジッと見てるだけで身構えて照れちゃうのがおかしくて」
「なっ……照れてなんかねーし! お前が挨拶するの待ってたのに何も言わないから、緊張してるのかとかいろいろ考えて……」
「わかった。それでいーよ」
「その言い方ムカつくな」
わかった感ゼロで適当に肯定されてカッとなったのに、柏葉に言い返せたのはこれだけで。
「でさ。俺もこの学校では平和に暮らしたいし、普通の高校生活を楽しみたいと思ってんの」
でさって……スルーかよ。俺の苛立ちは。
それに。この学校では……って。前の学校じゃ、平和や普通に縁がなかったのか?
3階から1階に着いて、昇降口の先を右に曲がる。
少し先に見える購買部前の人影はまだ数人。
「だから、誰か仲良くなれそーなヤツいねぇかなーって」
柏葉が俺を見る。
「それが俺?」
「そー。仲良くしてよ、委員長」
「ちょっと待て。俺は小泉に頼まれただけで、そんなに親しみやすいキャラじゃないし。第一、お前と気が合うかもまだわかんないだろ」
「合うよ」
やけにキッパリと言い切る柏葉。
「大丈夫。早く買ってこーぜ。続きはあとで」
購買の店内をさっさと進んでいく柏葉の後姿に溜息をひとつ吐き、俺も昼飯を買いに中に入った。
マズいな。
初っ端から柏葉に振り回されてんじゃん!
早いとこ主導権を取り返さないと、こっちの学校生活の平和が乱れそうだ。
この転校生、柏葉凱のペースにまんまと乗せられてなるものか。憩 いのランチタイムは俺が仕切る。
そんなふうにひとりで気負う俺。
健気だな。
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