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2-1 まったりランチタイム
購買でパンと飲み物を買った俺と柏葉は職員室に寄り、美術準備室の鍵を開けて中に入った。石膏 の胸像やイーゼル、ベニヤパネルなんかがゴチャゴチャと置かれた部屋を抜け、広々とした美術室に辿り着く。
内鍵の施錠を確認して窓を開け、近くの作業台の下にあるイスを二つ引き出した。
腰を下ろして緑茶を一口飲んでから、物珍し気にキョロキョロと辺りを見回す柏葉に声をかける。
「座れよ。ここなら誰か来る心配はないから、ゆっくり出来る」
「美術の先生、アッサリ鍵渡すんだな。悪用するヤツもいんじゃねぇの? 委員長、信用あるじゃん」
「俺、美術部だから」
「へー意外。絵なんか描くんだ」
「週1日か2日だけ。家に帰る前の息抜きにな」
ふうんと言って俺と直角になる位置に腰を落ち着けた柏葉と、黙々とパンを食べる。
会ってまだ1時間ちょっとの人間と、二人きりでランチとか。
普段の俺ならもっとこう……気詰まりで落ち着かなかったり変に警戒心高めになったりするのに、今はリラックスしてる。
柏葉の視線は窓の外。
校庭に植えられた木と誰もいないサッカーグラウンドと空しかない景色は、特に面白くはなさそうだ。
それにしてもコイツ、急に存在感薄くなったな。なんか植物っぽい。わざと気配消してるんじゃないのってくらい。
眠っちゃって……は、ないよね? 目開いてるし、口モグモグ動いてるし。
まぁ、とりあえず。気にしないで俺も食おう。
柏葉がいるのに自分ひとりでいるような気楽さの中。ふと気づけば、俺も窓からの景色をボーっと眺めてる。
うん。面白くはない。
けど、まったりするのに目を惹くものは要らないもんな。
あー。誰かといても気使わなくて済むって、楽チンでいいわー。
ここまでの俺は、予定外のまったりランチタイムを満喫してた。
「ごちそーさまでした」
コーヒーのボトルをタンッと置いて立ち上がった柏葉が、おもむろにブレザーを脱いで作業台に放った。
10月の晴れた日で、南西向きの窓際は確かに暑い。
俺も脱ごうとブレザーを肩から外したところで、柏葉の視線を感じて手を止めた。合わせた目を逸らさずに、脱いだ上着をゆっくりと作業台に置く。
「委員長って、なんかスポーツでもやってんの? あ。美術部だっけ」
俺のほうを向いて座り直し、柏葉が言った。
「中学の時につき合いで空手やってたけど、今は……姉とジムに行く程度かな」
姉とのジム通いにツッコんでくるなよ?
いつもは適当に答えることも、コイツにはつい事実を口にしちゃう自分が謎だ。
嘘がつきにくいというか。嘘ついても……全く意味がなさそうだからか。
「何で聞く? 運動部に入りたいのか?」
「ううん。鍛えた身体 してんなーって思っただけ」
柏葉がニッと微笑む。
あーそれは……。
姉をスルーしてくれたのはよし。
だけど、俺の身体の筋肉具合を気にするのはよろしくない。
いや、自意識過剰なのはわかってるよ?
コイツに俺を襲う気がないのも。たとえ襲われても、華奢 な身体つきのコイツに俺は力で勝てそうだってことも。
だけど。
誰も邪魔が入らない、校舎のはじっこにある美術室に二人きり。
ほんの少し前までは、観葉植物のパキラみたいにただそこにいるだけって感じだったのに。今はしっかりと動物の気を発してる高2男子Aと、突然そいつを意識し出す高2男子B。
これは、お互いに今まで何とも思っていなかった二人が、欲望に流されてセックスして恋の錯覚が生まれる絶好のシチュ……。
はいカーット!
腐男子の妄想は終わりね。
はー……こんな俺、クラスのヤツらには絶対知られたくない。
しかも、目の前にいる転校生を不埒 な妄想に使うとは……腐敗具合もここまできたか。
ダメだ。現実を見よう。
うん。柏葉の俺を見る目はエロくない。
もちろん、俺の目もな。
俺が好むのは、あくまでも二次元のBL。
なまじこの学校にリアルなゲイがいっぱい棲息してるからいけないんだよ。
実際にあっちこっちで男同士のアレコレを見せられれば、BLファンタジーと現実がごっちゃにもなるわ。
「さて、と。この学校のこと教えてよ」
見つめ合ったままの状態で、今回は柏葉から口を開いた。
「ここで平和に普通に生きるためには、どうすんのが最善かってのも。委員長が頑張ってるみたいにさー」
「何だよそれ。俺が無理して自分を作ってるように聞こえるな」
「あれ? そーじゃねぇの?」
首を傾げる柏葉の瞳が鋭い。
なんか……悪者の目つきなんだけど?
「だから俺、お前と仲良くなれそーって思ったんだぜ。クラスメイトに見せてんのと違う顔、あるよな? 早瀬」
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