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9-1 電車に揺られて

 深音(みお)の家まで電車で15分。そこから歩いて10分ほど。  共働きの両親が帰るのは早くても夜8時頃で一人っ子の深音の家には、腐った仲間たちの会合でよくお邪魔させてもらってる。  初めてのセックスをしたのも深音の部屋だ。  電車の中で、睦乃(ちかの)先輩の話をした。  よく聞いてみると、実は何でもありませんでした的な可能性もありそうで。  たとえば。  彼女が一緒にホテルに入ったのは、男に見えたけど実は女だった。  ホテルに一緒に入ったからって恋人とは限らない。  後輩の見間違い。  後輩のでっち上げ。  などなど。  まぁ、睦乃先輩の真実はどうあれ。実際に深音が思い悩んで苦しんでるのが、俺にとって重要なだけ。  そもそも片思いの状態で恋人じゃないんだし。  失恋は珍しい事象じゃないし。  時間が経てば今の苦しみは消え、別の人間に恋心を抱いてるっていうのが相場。  なんてね。  そう冷めたとこから見れるなら、今こうして電車に揺られてないよな。 「先輩がバイだったとしても、それは別にいいの。ショックだったのはやっぱり……ホテルに行くような関係の相手がいたってこと。今。現在進行形で」 「いや、でもそれ言ったらお前も……」 「わかってるよ。私も將梧(そうご)とセックスしたし、今からするし。もとはと言えば先輩の提案だけど、決めたのは自分だってことも」  俺が2度目のセックスに合意してからは、いつもの調子を取り戻した深音。  ホッともしてるけどさ。も少し音量下げてくれ。ここ電車内。貸し切りじゃないからな? 「百歩譲って、身体だけの関係の相手だとしても。先輩に誰かが触ってると思うと嫌なの。想像しただけで嫌。私が文句言える立場じゃないけど、嫌なものは嫌」  わー駄々っ子だ。御坂と同じこと言ってる。 「子どもの理屈だな」 「そうよ。悪い? 恋なんてね、ものすごーぐ自己中で自分勝手な感情との闘いなんだから」 「恋かぁ……」 「で、負けるの。負けてもやめられないの。だからこそつらい。ちょっとのことで世界が終わるくらい。苦しくてバラバラになりそう! 慰めて」  深音が俺の肩に頭を乗せる。  どうしよう?  さっきまで。他者の存在があってはじめて己を認識し得る、みたいな哲学的なこと言ってたのに。  人格壊れてきてるよ? 深音ちゃん。  あーどんどん自信なくなってきた。 「ごめんね。強引にして。將梧がやさしいのにつけ込んでるの私。これで愛想尽かしてもいいから……今日だけ甘やかして」 「尽かさないから安心しろ。引き受けたのは、俺の意思だ」 「ありがと。同志だもんね。將梧(そうご)は」  俺が委員長の仮面をつける理由を、紗羅と深音以外は誰も知らない。俺が誰にも言ってない。それは誰にも気づかれないからで。  あ。今日までは……か。  (かい)には会ってすぐに見抜かれて。おまけにその理由まで話した俺……2時間前は存在すら知らない人間にだよ?  だけど、素の自分をさらけ出すのに抵抗を感じなかった。  理屈じゃない信頼感みたいなものを、凱はくれたから。  深音には、偽装交際を承諾する時に自分から話した。  まぁ……その前から俺が女にあんまり興味がないのは知られてたけどさ。  女にも男にも欲情しないこと。  自分の性指向がわからなくて戸惑ってること。  だから、俺も異性とのセックスを試したい。  深音が一方的に俺を実験台として利用するわけじゃなく、お互いにメリットがある対等な関係だからって。 「將梧はまだ好きな人いないの?」 「んー……いない」 「気になる人は?」 「いないかな」 「嘘!」  深音が勢いよく頭を上げる。 「急に何?」 「自分で気づいてないの?」 「だから何にだよ」  見つめた深音の瞳が言ってる。  ごまかさなくてもいいよ。  わかってるくせに……って。 「あの怖そうな見た目の將梧の幼馴染み……今日一緒にいたでしょ?」 「涼弥だろ。いたよ」  逸らせない俺の瞳。何も語ってないことを祈るしかない。 「そう、涼弥くん。私が来た時……見つめ合ってた」 「息止めてたんだよ……」  ほとんど声に出さずに呟いた。 「え……?」 「何でもない。それで?」 「あの人のこと、切ない瞳で見てた。ものすごく。それ見て自分も切なくなるくらい」  深音の眼差しが俺の瞳をまっすぐに射る。  降参……だ。  目を閉じたちょうどその時、電車が目的地に着いた。

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