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8-2 抱いてよ、お願い……って!?

 俺たちと別口で。同じように微妙に気マズい会話をしてたっぽい紗羅たちも、深音(みお)に目を向けてる。  注目の中、手の届く位置で足を止めた深音の形相が……ヤバい。  そう思った瞬間、抱きつかれた。 「どうした? 何かあったか?」  反射的に回した手で、深音の背中をポンポンと叩く。 「將梧(そうご)……」  顔を上げた深音の瞳が潤んでて、今にも泣きそうに見えて。 「とりあえずどっか行こう。落ち着けるとこ。話聞くからさ」 「うちに来て。抱いてよ。お願い」  はい……!?  え? 俺の耳、正しく音拾えてる?  このシンとした中、ギャラリーのいる場所で言うはずのないセリフが聞こえたんだけど……。  それ以前に、キミがボクにサラッと言うお願いじゃないよねソレ?  無意識に辺りを見回す俺。  ここにいるほぼ全員が、俺たち二人を凝視してる。表情まで読み取る余裕はないけどわかった。  聞き間違いじゃないってことが。 「深音。どうしたんだよ? 何があった?」  本気で心配になった。  一方、見下ろした深音の瞳は。鬼気迫る感じだったのが、元来の小悪魔的なものに戻りつつある。 「すごく抱いてほしい気分なだけ」  あ……のさ。みんなに見られてるこの状況、把握してるよな?  その上での言葉なら、絶句するしかない。  あ!  もしかして、俺のノンケアピールのための演技とか? もっとソフトなほうがありがたかったよ? 「行きましょ」  混乱する俺のネクタイを引っ張って歩き出す深音。 「おい。待てって……」  強制連行だ。 「紗羅! 伝言ありがと。また明日ね。みなさん、お先に!」 「がんばれよー」 「ちゃんとゴムつけろよー」  手を振る深音につられて振り返った俺に投げられるコメントに、反応する余力なし。  かろうじて、サヨナラを示すように片手を上げた。  心の声は『誰か助けろよ!』だったのに……もちろん誰も気づかないね、うん。  お散歩の犬状態からは解放されたものの、深音にガッチリ腕を組まれて。ナンパスペースから大通りへと向かった。 「ごめんね。ちょっとやり過ぎちゃった」  残してきたみんなの視界から外れたところまで離れて、ようやく深音が口を開いた。 「怒ってる?」 「いや。怒ってはないけど焦ったよ。演技じゃなかったらどうしようってさ」 「本気よ。せっかく將梧の友達もいたから、あそこで言っただけ」  え……本気!?  足を止めそうになる俺を、掴んだ腕を押して前に進める深音。 「もう一度私とセックスして。今日これから。ダメ?」 「ダメっていうか……」 「無理? 出来ないならそう言って。じゃないと対等でいられない。経験のためにってつき合ってもらってるけど……前の時は、將梧も実験としてやったでしょ? 今回のは私の都合だから。將梧が無理する必要はないの。嫌ならちゃんと断って。ね?」  歩きながら深音を見つめる。  深音の言うことはもっともだ。  経験のための偽装交際を承諾して。  その3ヶ月後に一度だけセックスをして。  そのあとは、キスさえしないデートをして。  別れる理由がないからまだつき合ってて。  2度目のセックスを持ちかけられたのは、今日が初。  深音にその理由を聞かなきゃ、思考が先に進めない。  だってさ。  どうしてもって切羽詰まった何かがあるなら……相手は俺以外でもいいんだろうし。  そう考えるとまた……断れる気がしない。  傷ついてほしくない。  そう願うくらいには、深音を好きだから。  それは認める。  ただ……何でだろうな? 恋とか愛とかって感情はどうしても湧かないんだよね。  抱いてって言われても欲情しないとか……。  やっぱり俺、どっか変?   少なくとも……普通のノンケじゃないよな。 「理由、聞かせてよ。何かあったんだろ?」  暫く俯いてた顔を上げ、深音が口を開く。 「睦乃(ちかの)先輩が、男と腕組んで歩いてて……」 「お前だって今してるじゃん」 「ホテルに入ったの見たって」  う。ホテルかぁ……。 「誰が?」 「文芸部の後輩が。おととい見たって昨日聞いて。すごくショックで、すぐ將梧にメールしたの。今日会って、慰めてもらおうって……」  慰める……のが、セックスで……なの?  マジ?  (かい)が言ってたのって、ホントにわりと一般的なことだったのか?  俺がわからないだけで? 「深音は俺と……そういうことして楽になるの?」 「なる……と思うから頼んでるの」 「好きじゃない相手とやって慰められるって感覚が、わからなくてさ」 「將梧のこと好きだよ。友達としてだけど」 「悪い。訂正する。本当に好きな人がいるのに、ほかの人間とって……どういう心境で? 状況違うけど、浮気されたあてつけみたいな感じ?」  さっきの紗羅を思い出して言った。  たぶんアレ、御坂へのあてつけで(かい)を誘ったとかそういう流れだろ。後先考えず強がって……初対面の男と平気でやれるヤツじゃないのにさ。  視線を合わせたまま、深音が笑う。 「あてつけって、本人の知らないところでしても意味ないでしょ?」 「確かにそう……かな」 「相手に対してじゃなくて。自分以外の人間の身体を感じて、自分がちゃんといるって確認したいの。つらいとか苦しいとか悲しいとかで……どうにかなりそうな心をね、身体に繋ぎとめてくれそうだから」 「それって、相手は誰でもいいのか?」  深音が首を横に振る。 「昨日後輩と別れたあと、街でナンパされて……ついてっちゃおうかと思ったの。でも、怖くて。知らない人は怖い。自分を捨てたいわけじゃないの」 「よかったよ。思い(とど)まってくれて」 「睦乃先輩が好きなの」  駅に着いた。  改札の手前で立ち止まる。 「だから苦しい。だから……自分を確認したいのと同時に、少しの間でも忘れたい。苦しいのも好きな気持ちも、自分自身も」 「深音……」  俺より20センチくらい背が低い深音の上目遣いは、もともとの目力と相まってパワー倍増。  強制されてる感じゃないよ?  理性が崩れるんでもない。  信用されて頼られると、応えたくなる感じ?  自分に出来ることがあるならしてあげたい。助けてあげたい。救ってあげたい。  こういうの、何ていうの? 庇護欲(ひごよく)? 使命感?  何にしても。 「忘れさせて……」  セックスよりも、今ここでノーって言うほうが無理だ。 「お前んち行くよ」  偽装交際の解消だと思われたフラグは、全く別の展開へと立てられてたわけで。深音を慰めるため、2度目のセックスをすることに。  一度しか経験ないのに……忘れさせるほどうまく出来るのか?  その前に……ちゃんと勃つのか俺。  全力を尽くすしかない……よな。

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