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8-1 あっちもこっちも不穏な会話

 ベンチから立ち上がった俺と紗羅たち3人の女子のもとに。佐野と涼弥、少し後ろに御坂(みさか)(かい)が近づいてきた。 「お待たせ、海咲(みさき)。連れてきたぜ。杉原涼弥」  女子たちと俺のいるベンチ前に着くなり、得意気に佐野が口を開く。隣には不機嫌気味の涼弥。 「お前が言ってたの、コイツだろ?」 「うん。ありがとう、正親(まさちか)くん」  海咲がぎこちない笑顔を見せる。 「いいって。杉原はいいヤツだし、俺は海咲の恋を応援するよ。まぁ、気持ちは複雑だけど」 「え!? 待って。杉原さんに用があるのは私じゃないの」 「おい、佐野。俺はそんなつもりで来たんじゃねぇぞ」  佐野の言葉に、同時に異を唱える海咲と涼弥。 「用があるのは私だよ」  和沙(かずさ)が一歩踏み出して言った。 「先日はどうも」 「お前……緋隼の生徒だったのか」  和沙を認識した涼弥の瞳に驚きの色が差す。 「意外? 話があるんだ。ちょっと顔貸して」  唇の端を上げた和沙が、入り口を顎で示した。 「話したけりゃここで話せよ。名前も知らない人間に指図される(いわ)れはない」  あー……いくら機嫌悪くても、女のコにそんな言い方はよくないよね。 「涼弥。せめて向こうの人がいないとこ行ってやれよ」  つい口を挟んだ。  涼弥とまともに喋ったの1ヶ月ぶり。いや。もっとか? 「な? ここじゃ落ち着いて話せないだろ」 「元気? 相変わらずかわいいね」 「気安く話しかけないで」 「まだ怒ってる? 他人じゃないんだし、挨拶くらいしようよ。いつまでも特別扱いされるのも悪くないけど」 「特別? バカじゃないの。声も聞きたくないってわかんない?」 「まぁまぁ。樹生(いつき)もデリカシーのねぇこと言うな」  俺の意見を肯定するように、御坂(みさか)と紗羅がギスギスした会話を始めた。間に入って宥めるのは佐野だ。 「私の名前は藤宮和沙。將梧(そうご)の姉の、紗羅の友達。突然ごめんなさい。少しでいいから話を聞いてほしい」  和沙があらためて涼弥に頼む。  俺を見やる涼弥に頷いた。 「行けよ。俺からも頼む」 「お前はここで何してるんだ?」 「何って……彼女待ってる」  俺と涼弥の視線が絡む。  涼弥の眉間の(しわ)が意味するものは何……考え始めると迷路にハマる。だから、今は見ないフリ。 「そうか。仲良くやってるんだな」  ボソッとひとり言のように呟くと、涼弥は和沙に向き直った。 「話を聞こう。その代わり、俺の質問にも答えてもらう」 「わかった」  ホッとした様子の和沙が俺を見る。 「ありがとう。アンタ、やさしいね」 「いや……俺は別に……」  控えめに否定しかけたところに、紗羅の声が響く。 「へー。私はダメでも將梧とはつき合えるんだ。一目惚れでもしたの?」  は!?  (かい)に言ってるのか?  どういう流れでそんな発想になる……!? 「そんなこと言ってねぇだろ」 「言ったじゃない。將梧なら慰めてあげるけど、私の相手は出来ないって」 「だってお前、何も考えてねぇじゃん。あてつけに使われんのはかまわねぇけど、後悔されんのわかっててやりたくねぇの」 「後悔するようなこと、はじめからしないわよ」 「そー? じゃ、これからやる? 頭空っぽにしてやるぜ」  うわーマズいな。これじゃ紗羅のヤツ、引っ込みつかなくなるだろ。 「將梧! 止めろよ」  佐野が俺に振る。  弟の俺が姉に手を出すなって言うのが、一番穏便な収束法か?  でも、凱は本気で言ってない。  ここは俺が言うより……。 「悪い、凱。やめてくれ」  御坂だ。 「私が誰と何しようと、樹生には関係ないでしょ」 「関係ないけど、嫌だ」 「何その勝手な言い草」 「嫌なものは嫌なんだよ。好きでもない男と遊ぶきみを見るのは」 「自分のこと棚に上げて、よく言えるわね」 「俺はそういう人間だから。でも、きみは違うだろ?」  数秒の間。 「オッケー、樹生。俺やめる」  紗羅が言い返せない隙をついたのは凱だ。 「ごめんね。紗羅ちゃん。調子に乗っちゃってさ。ほんとは自信ねぇの俺。もっと経験積まなきゃねー。行こうぜ、ナンパ」  無邪気な笑みを紗羅に向け、凱が御坂の肩を叩く。  止めてくれた御坂にも、紗羅のメンツを守ってくれた凱にも感謝。  絶妙な嘘を自然につけるのってほんと感心するよ。  これでやっと登場人物が減る……。 「待てよ。柏葉」  何故引き留める!? お前は早く和沙の話を聞きに行けよ。涼弥! 「(かい)でいーよ。そっち話終わったの? 一緒に行く?」 「お前、ゲイじゃないって言ったよな」 「うん。だからここ来てんじゃん」 「男もイケるのか?」  涼弥の問いに、凱が片方の眉を上げる。  質問の目的がわからないのか、わかるから答えを考えてるのか。 「さーねー。やってみたらイケるかもな」 「將梧に手を出すな」 「俺からは出さねぇよ。あー、でも誘われたら考える。お前もだろ? 將梧から誘われたら、即断れんの?」  ちょっ! 何言い出しちゃってるんだこの男は……!? 「凱! お前その冗談……」 「將梧はノンケだ。あり得ない話はやめろ」  俺を遮って涼弥が言い切る。 「ふうん。そっか。なら、心配すんなよ。俺から男を誘うことはねぇからさ。で? お前はどうなの? 男もイケる?」  息が詰まる沈黙。息止めてるの、俺だけだろうけど。  涼弥の答えが聞きたくて聞きたくない……。  俺の視線を感じてこっちを見た涼弥と目が合う。  ダメだもう。  とりあえず息しような? 「將梧!」  止まった空気を割る呼び声。  漆黒のボブカットの髪を揺らす深音(みお)が、すぐ近くまで来てた。  登場するかも人物全員集合!  はぁ……悪い予感要素は出尽くしたな。ある意味これでもう気が楽。  しかもこのタイミング……助かったのか、そうでないのか。  教えろよ第六感!

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