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17-6 キスはなかったことに

 ほぼ二呼吸分。  俺の瞳に視線を留めたまま無言でいた(かい)が、口を開く。 「涼弥が?」  首を横に振った。 「お前が?」 「わからない。涼弥からかもしれないし、俺からかもしれない。同時だった気もするし……」 「嫌だったの?」  また、首を横に振る……さっきより力なく。 「なら、いーじゃん] 「そのあと……お互いからバッと離れて、謝り合ったとしてもか?」   片方の眉を上げる凱を見て、短い溜息をついた。 「唇がつくだけのキスで何秒か経って……舌が触れて。驚いてたのが、さらにビックリして。俺が涼弥を押しやって離れるのと、あいつが俺の腕を離してベッドから立ち退いたのは同時だった。すぐに、ごめんって言ったのも同時」 「ビックリ?」 「はじめてだったんだよ、キスしたの。俺、ほんとにそういう経験なくて。口塞がれてたおかげで、先輩にはされずに済んだから」 「んー……じゃあ、涼弥もそうなんじゃねぇの? ビックリしただけ」 「ごめんは?」 「お前は何で謝ったの?」 「自分がキスしちゃったかもしれないし、逆に……されてたとしたら、やめろって突き放したみたいになったから」 「向こうもそう思ったんじゃん?」 「たぶん……な」 「何か問題あんの?」  俺の話を真剣に聞いてくれてる凱を見つめる。    セックスするのに恋愛感情は要らない男にとっては、たかがキスひとつ。大して意味ないのかもしれないけど。  俺にとっては大問題だからさ。  もう少し、聞いてほしい。  ここまで話したら、全部……吐き出したい。  それに。  凱の思考は独特なのが多いけど、人を見る目も物事を掴む感性も鋭い。  自分には恋愛感情があんまりないって言うわりに、人の気持ちにもその鋭さを発揮出来るのは……何でだろうな?  他人の恋愛をたくさん見てきたのか、以前は自分もしてきたのか。  何にしても。  凱は心の痛みを知ってる。  きっと、矛盾や醜さや残酷さなんかの……負の部分も。  だから。  俺の中にあるモヤモヤを、容赦なく払ってほしくなる。  厳しい見方でもいい。スッキリ晴れるならね。 「あとで言われたんだ。アレはなかったことにしてくれ。お前とはずっと友達でいたいからって」  凱が目を(すが)める。 「なかったことになんか、なんねぇだろ」 「うん。それはわかってる」 「なかったフリって難しーぜ?」  それもわかってる。 「でも、しないとさ。お互いに意識しちゃって気マズくなるからな」 「出来てねぇじゃん。見た感じ」 「う……ん。あれ以来顔合わすと気マズくてギクシャクして、夏休みもほとんど会ってなくて。昨日久しぶりに喋ったし。今日の昼、やっとまともに話したんだ」  凱が呆れた顔になる。   「お前さー。あ、涼弥もか。友達でいたいって、そんな微妙なオトモダチ状態が望みなの?」 「いや。今の状態はちょっと……特に、自分の気持ち気づいてからは正直キツい。どうしても意識する。でも、涼弥は平気そうだからさ。俺がうまく感情コントロール出来るようになれば、前みたいになれるはず」 「本気で言ってんの?」 「え……だって、今は俺、自信なくて告れないし、何でもないフリも出来ないけど……せめて平常心でいられれば、微妙じゃなくなるじゃん」 「そこじゃねぇよ。涼弥が平気そうってとこ」 「今日も普通に喋ってたから。そもそも、俺がノンケだって疑ってもいないし。深音(みお)とつき合い出した時もよかったなって言ってたしさ」  俺を見つめる凱は無言。  何そのジト目……なんか、救いようのないバカを見るみたいな瞳してない? 「あれから暫くは、涼弥も態度おかしかったけど……未だに気マズいって感じるの、俺だけかもしれない。あ、そうだ。今日、今度遊ぼうって言われたんだった。だから、あいつは平気なんだよ、もう」  どんどん早口になる俺。 「ずっと考えないようにしてたつもりなのに、どっかで考えてたのかな俺。まぁ、しっかり自覚して考えるようになった今は、意識しちゃって普通がわからないけど」  何か言えよ!  てか、何か言って!  何も言わないより、(あざけ)るとか(けな)すほうが愛あるよ? この場合。 「前みたいな友達づき合いも、ちゃんと出来るか不安になってきたし……」 「將梧(そうご)ってさー……」  うん? 何?  やっと口を開いた凱を、すがる瞳で見てるだろう俺に。 「バカなの? 鈍感? マゾ? ペシミスト? 不幸好き?」  う……やっぱりバカって思ってるんだ。  しかも、その選択肢から選ぶの?  いつの間にか。ジト目から、かわいそうな子を見る眼差しになってた凱の瞳が少し緩む。 「それとも……本気で怖い?」 「え……」 「涼弥失くすかもって。お前が男ダメだったら。あいつの気持ちに応えらんなかったら。傷つけるから?」 「そ……うだよ」 「お前、つき合うとかダメでも友情があればいーんだろ?」 「完全に失くすよりは……な」 「涼弥もそうだって思わねぇの?」 「え……?」 「あいつ。お前とずっと友達でいたいから、キスはなかったことにっつったんだよな?」 「うん……」 「何でそう言ったと思ってんの?」 「あれはアクシデントで、深い意味はないから。俺たちゲイじゃないよなって……確認?」 「だったら、まんまそう言うだろ」  う……確かにそう……か? 「なかったことにしねぇと、友達でいらんねぇんだろ。涼弥は」 「どうして……」 「ほんとにわかんねぇの?」  わかんないっていうより。  自分じゃ、都合いいようにしか考えが向かなくて。  いや。悪いほうか?  とにかく俺、自分の考えは信用出来なくなってるんだよ。情けないことにさ。 「凱。お前の意見……聞かせて」

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