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23-4 あれ、話題に出すんだ?
「あら。もう出られるの?」
「あ……はい」
玄関に入ってきた綾 さんに聞かれて頷く俺の袖を、烈 が引く。
「將梧 。凱 を好き?」
え……!?
突然? 今聞くの?
それってどういう意味で聞いてるんだろ……。
好きは好きだし、セックスもしたけど……恋愛の好きじゃないよ?
どういえば……。
「友達として」
俺の心を読んだかのように続けられた言葉にホッとして。
「うん。好きだよ」
烈が満足気に頷いた。
「またね」
烈が廊下を去っていく。
弟も謎だ。
「綾さん。將梧にプライベートな質問しないでねー。あんたのクライアントじゃねぇからな」
「わかってるわ」
綾さんに警告気味にそう言って。凱が俺に向き直る。
「んじゃ、明日」
「うん。凱……」
視線を合わせて瞳を見つめる。
「大丈夫だから。じゃあな」
「行きましょうか」
「お世話になります」
綾さんに続いて、館を後にした。
「駅に住人のひとりを迎えに行くついでなの」
車に乗って発進してまず言った『わざわざ送ってもらってありがとうございます』に、綾さんが笑って返した。
「そんなに恐縮しないで。それに、さっき邪魔したお詫びもかねて」
「あ……あれ、は……」
先が続かない。
あれ、話題に出すんだ?
暗黙の了解で、あえて触れないっていうか……年頃の男子にとって、セックス関係はデリケートな話題じゃん? その現場見られただけで、すでに気マズさマックスなのに。
大人同士でも、ほとんど知らない人間とそんな話しないんじゃないの? 普通は……。
あーこの人も、普通の次元が違うのか?
セックスしてるとこ見られた時点で、普通から外れてるかもしれないけどさ。
夜の道を運転する綾さんの視線はちゃんと前に向けられてるから、助手席に座る俺が彼女を見ても目が合うことはなく。
それでも、狭い車内に二人きりでの沈黙は気づまりだ……質問に答えてない状況だとなおさら。
「嫌味じゃないのよ? 犯罪じゃなく自分で責任を取れることなら、何をしようと凱の自由だから。まぁ部屋でセックスするのは、烈を気遣って控えてほしいところだけど。年齢通りの感覚の子じゃないにしても、一応ね」
「すみません……」
謝っちゃうよな。自然に。
凱に声出させてたの俺だし。俺自身、小学生の子どもにセックスの音声聞かせるもんじゃないって思うし。
特に、自分の兄と……男のなんて。
「ごめんごめん。あなたを責める気はないの。ただ、意外ではあるわ。凱と……つき合ってるわけじゃないんでしょう?」
ここらで。
ちょっと頭を働かせる。
大人でカウンセラーの綾さんは、さり気なく俺を誘導尋問出来るスキルを持ってるに違いない。
『將梧にプライベートな質問しないでね』って言った凱は、俺にも忠告してたはず。
綾さんの質問に気をつけろ。
つまりは。
プライベートなことを綾さんに聞き出されるな。
さらには。
俺のこと、綾さんに聞くなよ……ってのも、含まれてるかなって思った。
大丈夫だから。
別れ際、凱にそう言ったのはそれ。
綾さんに知られたくなさそうなこと、俺は言わない。
俺に知られたくなさそうなことは、綾さんに聞かない。
凱にも、俺を信頼してほしいからさ。
いや。
俺がなりたいんだ。凱が信頼し得る人間に。
「綾さん……て呼んでかまわないですか?」
「もちろんよ。將梧くん」
「俺は凱の友達です」
前を向いた。
車は森を抜け、大通りを走ってる。
「今日のあれは……セックスは、俺が自分の都合から凱に頼んでしました」
綾さんが俺をチラ見するのが、視界の端っこに映る。
「凱が得る見返りや代償はありません。取引とかは一切なくて。友達としての好意で、俺の頼みを聞いてくれたんだと思います」
このことは、言っておかないと。
凱が取引でセックスしたって思われたくないじゃん?
たとえ、今までにそういうことがあったとしても。今日のは違うんだからさ。
俺が運転席を見やった一瞬だけ、綾さんと目が合った。マイルドな驚きの瞳をしてた気がする。
「綾さんが俺に聞きたいこと、ほかにもあるかもしれないけど……俺が言えるのはこれだけです」
「ありがとう。プライベートなことは聞くなって言われてるしね」
「あと……俺に、凱のことを話さないでください。綾さんにとって大したことじゃない情報でも俺にとっては重要かもしれない。それは本人から聞くべきだと思うので」
赤信号で停車すると、綾さんがダイレクトに俺を見た。
「あなたが知ってる部分だけで、凱を信じられる?」
「俺、会った初日から凱を信頼してます。きっかけはあるけど理屈じゃなく。だから何を知っても変わらないし、凱が自分で話さないことは知る必要ないんです」
「よかった。安心したわ」
どういう意味かわからなくて、眉が寄る。
「あの子に対して、好奇心や性的な関心があるんじゃなく。純粋に好ましく感じてる。あなたのような友達がいてくれて嬉しいの」
そう…か。
この人は、本当に親身に凱を思ってるんだな。
純粋に好ましく…その通りだ。
信号が青になり、綾さんは意識を前方に戻して車を発進させた。
街外れから駅に近づくにつれて、窓の外を流れる灯りが多くなる。
「綾さんは、あそこに長く住んでるんですか?」
思ったより苦痛じゃない沈黙を、自分から破った。
ひとつくらい、俺にも凱にも無関係な話題を振っておいたほうがいいかなって。
「あまり長くないわ。3年半くらいね」
「ひとりで? いや、その……」
言葉を濁す俺を、綾さんが笑う。
「家族は一緒にいない。といっても、息子がひとりだけど。今はイギリスの学校にいるの」
「そうなんですか。子どもと離れてると……淋しいですね」
「だからかしら。一緒に住んでる凱と烈、あともう二人の子どもたちのことは我が子のように気がかりよ。そばにいる大人として、出来る手助けはしてあげたいと思ってるわ」
「みんな、心強いでしょう? カウンセラーがいたら」
「必要とされればね」
綾さんが溜息をついた。
「そろそろ着くわ。車は抜け道で行けるから、バスの半分の時間しかかからないの」
駅のロータリーが見えてくる。
「將梧くん。最後にひとつだけいい?」
「はい……」
緩んだ気を引き締めた。
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