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24-4 ズルいだろ

 物理室を出てすぐの階段を、俺と涼弥は下りずに上へ。  上には、屋上に出るドアがあるだけの狭い踊り場くらいのスペースがある。もちろん、ドアは厳重に施錠されてて屋上には行けないけど、邪魔が入らない貴重な空間だ。  先客がいないことにホッとして。もし人が来たらすぐ気づけるように、壁を背に階段が視界に入る場所に立つ。 「お前に聞きたいことも言いたいことも……けっこう溜まってるんだけどさ。時間ないから、どうしても今ってのだけ聞く」  隣で、眉を寄せた涼弥が俺を見る。 「ジムでのことか?」 「いや……それはまたあとで」  短く深呼吸。 「昨日、ホテル行った相手って和沙(かずさ)?」 「何……で……お前が……」 「沙羅が見てたんだ。俺は人づてで聞いたから、沙羅の友達がお前とってことしか知らない。形だけつき合うとか言ってたし、和沙かなって。違うか?」  目を見開く涼弥に、淡々と説明を加えた。 「藤宮と、確かに一緒にいたが……いただけで、何もない」  動揺を表情に出さない、普段の涼弥だ。  いきなりの問いに驚いて戸惑ったかもしれないけど、(しゅう)とのことを俺が知った時みたいな反応はなし。  嘘もついてない。  少なくとも……俺が見抜ける範囲内では。 「和沙の頼みで?」 「そうだ。今話すには込み入った事情があるが……」 「じゃあ、それは今度聞かせて」 「ああ……」 「ラブホの部屋で女と、セックスしないで何してたんだ?」  努めてフレンドリーに。  尋問調になっちゃダメ。涼弥は責められるようなこと何もしてないんだからな。  たとえ、和沙と寝たとしてもだ。  俺はコイツを責める立場にない……いろんな意味で。 「藤宮に2時間ここで時間潰してほしいって言われて、俺は寝てた」 「え……昼寝ってこと?」 「ほかにすることもないしな」  涼弥を見つめる。  軽く衝撃……女とホテル入って、やるためのベッドで昼寝出来るって……。 「お前、ゲイなの?」  つい、ストレートに聞いちゃったよ。  でもいいや。せっかくだからハッキリさせとこう。 「俺は……」  口ごもる涼弥。 「悠とセックスしたんだろ? 男は対象なんだよな?」  涼弥が焦ってる。  何故今さら?  和沙とホテル行ったこと聞かれるよりマズいの?  狼狽える理由あるか?  暫しの沈黙のあと。  微妙に俺の瞳から視線を外したまま、涼弥が口を開く。  「將梧(そうご)。お前、あの時……大丈夫って言ったな? 俺が悠とやっても、俺に……そういう目で見られてもって」 「言ったよ」 「お前は何とも思わないのか? 俺が男と……つまり、男にそういう気があっても……お前はいいのか?」  わざと長い溜息をついた。 「お前、この前からその言い方……ズルいだろ? 俺がどう思うかじゃなく。お前のこと聞いてんじゃん! 俺が嫌っつったらノンケになって女と寝るのか?」  うーどうしよう……!  いい加減、答えを俺次第にするみたいな涼弥の態度が……イラつく? じれったい? 癇に障る?  とにかく俺、もう黙ってられそうにない。   「ジムで、俺が悠との会話聞いてなくてさ。それ知らずにいたら……お前、ノンケのフリ続けてたのか? いつまで? 俺が男とやるまで?」  涼弥がひどく動揺してる。  眉間に深い(しわ)。凄んでるみたいに強い視線は、俺を軸にして揺れて。  これ、傍から見たら……俺が涼弥に詰め寄られて脅されてるか、殴られる手前っぽいだろうな。 「俺はお前がゲイだってかまわないって言ってんの。お前はかまうのか?」   「お前……男と……あるのか?」  感情を抑えた低い声で、涼弥が聞いた。  「だから! あるって言ったら変わるのか? お前の答え。そんなに俺が信用出来ないの? 俺は、お前が何でも……」 「答えろ。將梧」  肩を掴まれた。  涼弥の真剣な瞳が俺を射る。 「お前……男とやったのか?」 「気になるか?」  涼弥の真似して、答えずに問う。  これで。聞いたことに答えてくれず質問で返されて、先に反応を窺われるのがどんな気持ちか……わかってくれれば……いい……うわっ!?  強制的に、2、3歩後ろに下がらせられた。  俺を壁に押しつけた涼弥の目が……近い。  急激に鼓動が速まる。  ヤバい……違う方向にいってた熱さが、こっちに……!  今まで和沙のこと気になってたし。煮え切らない涼弥の態度にフォーカスしてたから、ドキドキするの忘れてたのに……。  この状況で意識しちゃダメだろ……!  俺、今どんな瞳でコイツを見てる……!?  涼弥は……涼弥の瞳は……。 「將梧……答えろ」 「お前が答えたらな」 「答えなけりゃ、俺を……()めろ。止めてくれ……」  口調は強いのに。涼弥のその懇願は、絞り出すような音量で。  何を?  そう聞かなくてもわかった。わかって、ちょっと呆れて。口元がほころんだ。  また俺にまかせるの? ズルいよねソレ? 「何をだよ?」  俺を見下ろしたまま、涼弥が僅かに顎を上げた。  ごめん。意地悪で。  でも……。 「何だとしても、俺は止めない。止めてくれって言うくらいなら、しなきゃいいだろ」  お前が決めろよ……!  長めの一刹那。  苦しげな顔で細めた目を開き、俺を映す瞳が近づいて。  涼弥の唇が俺に触れた。

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