107 / 246

28-3 おかしい、ものすごく!

 廊下で話してる俺たちを、通行人がチラリと見やる。涼弥が俺を壁際に追い込んでる感じで……気になる構図だな、また。 「何だよ心配って。俺は江藤に会わないから平気だろ」 「上沢と二人でいちゃ危ねぇ」  眉間に皺を刻む涼弥を。口を半開きにして、まじまじと見つめる。 「涼弥。お前……考え過ぎ。上沢が俺に何するっていうんだよ」 「何するかわかんねぇから心配なんだ。俺も行くって上沢に言っていいか?」 「いや。不自然だろそれ。つーかさ。お前はまっすぐ家帰って安静にするの。明日遊ぶんだろ?」 「お前が行くなら俺も行く。ひとりじゃ行かせねぇぞ」 「御坂と紫道(しのみち)もいるから。大丈夫だってば」 「上沢のところにもか?」 「それは……一応、内密行動だし……俺だけかもしれない……けど」 「ならダメだ」  ダメって……。 「涼弥。どうしちゃったんだよ、ほんとに。痛み止め多く飲んじゃってないか? お前がそんな……」 「上沢はゲイだ。二人きりになるな」  ずっと合わせてる瞳の奥に、見えるものに目を凝らす。  本気で心配なのか。  俺がゲイの男と二人でいるのが気に入らないのか。  不要な嫉妬を感じてるのか。  涼弥が……!? 「お前が心配してるのはわかった。けど、もっと信用しろ。俺を。ほかの男に隙なんか見せないし、ちょっとでも変な素振り見たらすぐ逃げる。お前に連絡もする」  涼弥の不安が何でも、俺に出来るのは安心させること。  ケガのせいで心弱りしてるとしても。  間違って処方された薬飲んじゃってるせいだとしても……ただの嫉妬でも。 「どうしてもって言うなら、御坂たちと一緒にいろよ。それなら俺も安心だ」  お前がひとりでウロウロしてるよりは……と、声に出さずに追加。  涼弥が逡巡してる。  涼弥がそういう心配するのはわかるけど、上沢が俺にってのはないだろ。  これで嫌ってなったら……。  上沢に、涼弥も一緒にって言う?  内密に見張るのにそぐわない人員だけど、オーケーか?  「わかった」  涼弥が頷いた。  そして。 「俺、おかしいか?」  真剣な顔で聞く涼弥に、何て言えば……?  おかしい。ものすごく! ヤンデレ手前っぽくなってるぞ!        とは言えない。ヤンデレの意味通じなそうだしね。 「ちょっとな。ケガで神経尖ってるんだよ」  あ……薬飲んでるなら痛みは和らいでるのか。人間、身体に痛いとこあると気持ちもささくれるから、そのせいかとも思ったんだけど。 「ケガは関係ない気がするが……」 「耳の傷のせいで熱っぽかったじゃん? だから、今もまだ頭ボーッとしてるとか。あとは……ほら、薬のせい。眠くなるのあるだろ」 「頭……変だな。お前に会ったら、熱くなってきた」  おでこ、触って確かめたい。  でも、今ここではどこも触らないほうがいい。手もやめとこう。  痛み止め飲んでれば、熱はないはず。 「心配するな。きっと一時的だからさ。あ、小泉だ。お前も教室戻らないと……またあとで」  廊下の端に、担任の小泉の姿。微妙なところでタイムリミット。 「ああ……またな」  心もとなげに微笑んで、涼弥が去っていった。  大丈夫だよね?    確かに変だったから、俺のほうが心配になるんだけど。  でも。  今まで避けられ気味だったおかげで、近づいた距離が倍嬉しい。  俺も、涼弥に会ったら熱くなってきた気が……おかしいのは、俺もかもしれない。    午前の授業は平和に滞りなく終わり。  ランチタイムは、朝の続きだ。  (かい)と御坂が昨日練ったプランの流れをざっと聞いた。 「終わったら、俺は上沢と先に寮に行ってる。鈴屋は斉木のところ。凱は4時までにCルーム。江藤が来て二人がいなくなってから、御坂と紫道がCルームで待機って感じか?」 「そう。何かあったら連絡は俺のところに。一番安全で手が空いてるからさ。必要ならみんなに声かけるよ」  御坂に頷く。 「頼むな。ブザー鳴るまでいかなくても、助けが要るなら呼べよ。凱も鈴屋も」 「オッケー」 「うん。隣でブザー鳴った時はすぐ連絡するから」  軽い調子の凱と鈴屋を見て息を吐いた。 「二人とも危機感薄くないか? SOSに駆けつけてドア越しに怒鳴っても、怯まず続行される可能性はあるんだぞ。出来るだけ急いでドア破るけど……」 「僕は大丈夫。凱のほうの様子探るのがメインで、僕自身は念のための警戒だし」 「俺も平気。5分10分何されたってダメージねぇよ」  危機感……ないんだな。俺のほうがハラハラしてる。 「あと、気になったのひとつ。凱。江藤以外に誰かいたら即SOSして」 「何で?」 「な……んでって、危ないじゃん! ほかのヤツいる時点で、お前取り押さえる気満々だろ?」 「でもさー、向こうの見張りかもよ。俺から江藤守るための」 「じゃあ、俺も部屋に入れてもらう。それなら文句ない」  凱が唇の端を上げる。 「將梧(そうご)。そんな心配しなくていーよ。悪いほうばっか考えんな。気張って疲れるぜ」 「そう……だけど。もしもの時の策がないと不安で」  心配し過ぎか?  これじゃ涼弥と同じ……じゃないよね。江藤が凱をどうこうする可能性は、実際あるもんな。 「大丈夫。話するだけ。噂確かめてくるからさー」 「俺も上沢に聞いてみる。あー……」  そうだ。頼んどかないと。 「涼弥が、上沢と俺が一緒に見張るって聞いて……心配しちゃって。寮について来るってきかないんだ。悪いけど、御坂。Cルームで見張っててくれるか?」 「え……見張るの? 杉原を?」  御坂が怪訝そうに問う。 「何も起きてないのにうろついて、面倒起こさないように」 「いいけど……將梧が心配って。まさか、上沢に手出されないかって?」  こういうことに察しのいい御坂が笑う。 「意外、でもないのか。昨日の見て話聞いてたら、杉原が將梧を大事にしてるのわかるな」 「にしてもさ。あいつ今、少し変かも。原因があるのかないのか……まぁ、そのうち落ち着くと思う」 「せっかくだから、今日は杉原と話してみるよ。待ってる間、時間あるし。川北とは?」 「去年一緒だったから、普通に話せる。あ。紫道は玲史から聞いてるかな? 俺と涼弥のこと」 「必要ねぇなら言ってねぇんじゃん? お前はさー、ゲイなのみんなに知られていーの?」  凱に聞かれるまで、特に気にしてなかったけど……。 「俺は別に、知られても困らない。深音(みお)とは終わりにするし……」 「杉原とつき合ってるってオープンに?」 「でも、委員長が男もアリってわかったら、ちょっかい出してくる人たちいそう」 「將梧がノンケのフリ続けても、涼弥は心配すんだろーし。堂々と俺のだっつっても、狙うヤツいるかもしんねぇし」  御坂と鈴屋、凱のコメントに……迷う。 「お前がどっちでもいーなら、あいつに決めさせれば? ちょうど来たぜ」  凱の言葉に振り向くと。教室に入った涼弥が、まっすぐこっちに歩いてくるところだった。

ともだちにシェアしよう!