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30-10 キスマーク

 風呂から上がってパンツにスウェット、Tシャツを着て水分補給をしたあと。歯磨きしに来て、洗面所の鏡に映る自分を見て。 「なんっでつけるんだよ?」  首にキスマーク。濃いやつ。それ以外には見えないやつがある。 「お前は俺のだろ。だから……」 「じゃなくて。こんな上に……せめて服で隠れるとこに出来ないの?」 「悪い……次はもっと下にする」  溜息をついた。  まぁ、つけちゃったもんはしょうがない。  ただ……。  マズい。  鎖骨のところにつけられたキスマークが脳裏に浮かぶ。昨日見た(かい)の……先輩がつけた、俺の……。  紅い内出血は、欲の証だ。 「將梧(そうご)?」 「何でもない……大丈夫。首にはもうつけるなよ」 「ああ……」  まだ何か言いたげな涼弥に微笑んで見せ、歯ブラシを口に入れた。  歯磨きを終え、2階の自室に戻る。  時刻は11時10分前。  時間的に眠れる時間ではあるけど。せっかくの夜。土曜の夜……もうひと遊びしたい感じだよね。  エロ方面でなく。そっちはもう十分満喫した……よな? 「どうする? もう少しゲームやるか?」 「そうだな。さっきのところ、クリアするぞ」  身体の表面はサッパリ。性欲もある程度発散してスッキリしたっぽい涼弥が、乗り気な様子で腰を下ろした。  0時を過ぎ。ゲームでも達成感を得た俺たちは、ベッドに入ることにした。  豆電球だけつけた部屋は、目が慣れるとけっこう見える。人の表情も、ちゃんと。 「疲れたか?」  狭いベッドの中。とりあえず、二人とも仰向けで横になって、涼弥が聞いた。 「ん……ほどよく。お前は?」 「俺はまだ元気だ」  チラッと横を向いて笑う。 「タフだな」 「將梧」  涼弥が横向きになり、肘を立てて起こした頭を支える。 「キスマーク見ると、思い出すか?」  唐突なその言葉に、ちょっと身体が強張った。 「少し……な」 「昨日、(かい)もつけられてた。同じ場所に」  涼弥も気づいてたのか。  枷もだけど、鎖骨の浮いた皮膚の紅い内出血も……嫌な記憶を呼び覚ますキーアイテムだってこと。  身体を横にして、涼弥を見る。 「思い出す引き金にはなる。でも、だからってどうにかならない。大丈夫。心配するな」 「俺ので、書き換えろ」 「え……?」  涼弥が手を伸ばし、俺のTシャツをめくった。 「上脱げ」  言いながら、すでにTシャツは俺の顔を覆ってる。 「何で……」  腕を上げて、引っ張られるままTシャツを脱がされた。 「同じところにつける。そうすりゃ、思い出すのは俺のキスマークだ」  暗がりで光る涼弥の瞳を見つめる。  先輩に吸われた皮膚の内出血を鏡で見た時、臙脂(えんじ)の痣にゾッとした。  見た目の色は紅くても、キスマークに痛みは全くない。  だからこそ。  それが模様みたいで。  消えないスタンプを押されたみたいで。  恐怖と嫌悪の象徴の気がして、目に入るたび不安になった。  つけられた感触はまるで覚えてないのに……。 「涼弥。俺……」  風呂で首につけられたけど、吸われた痛みと快感は覚えてるけど……痕になるって思ってなかったしさ。  理性ちょこっとのエロモード中だったし。  キスマークがどうこうなんて頭になかったから、見るまで何も考えてなかった。  だけど今。  ハッキリ言われて……身構えちゃってる。  でも……。 「うん。そうして……」  涼弥のものに、書き換えられるなら……それがいい。  キスされた。  唇を合わせて、チロッと舐められただけのキス。 「俺がつける」  上体を起こした涼弥が、俺を跨いで膝と肘をベッドについて見下ろした。 「ちょっと我慢しろ」 「ん……っあ……」  左の首筋にチュッとされる感触。下ろした髪の毛がさらさらと滑り。すでにあるキスマークのあたりを、熱く湿った舌が這っていく。  鎖骨に沿って何往復か舐められて。左の肩近く。出っ張った鎖骨の上らへんに、吸いつかれる。 「あ……涼弥……うっ……」  見えなくてもわかる……あの時と同じ場所だ。 「や……つッ……!」  つい、涼弥の両腕をガッと掴んだ。  それでも、ピリッとする痛みは弱まらず。さらにジュウッと強くなる。 「っあ……んっ……!」  嫌じゃない。怖くもない。痛いだけじゃなく、そこにジンってなる気持ちよさも感じる……けど。  今は、ペニスに伝わる類の快感は生じない。これは、エロ目的じゃないせいか?  涼弥も。手で乳首いじってきたりしないしな。  何秒か全然わからない間、一か所を吸われ続けて。  強張ってた俺の身体は緩まった。ジクジクと痛気持ちいい感触は、涼弥がくれてるってわかってる。  吸いつく唇が離れ、今度はねっとりとした舌の感触に変わった。 「ふ……あ……」 「ついたぞ。ここに、俺のキスマークだ。思い出すならこれにしろ」  笑みを残し、涼弥が視界から消えた。急いで横を向くと、満足そうな瞳で俺を見る涼弥がいる。  「涼弥……ありがとな」 「消えたらまたつける。大丈夫になるまでずっと」 「もう、大丈夫。ずっとつけられてたら、痕が消えなくなっちゃいそう。それは嫌だ」  笑った。で、Tシャツを着ようとした手を止められた。 「着るな。俺も脱ぐ」  え……?  涼弥がTシャツを脱いだ。 「何もしない。いつも上は裸で寝てるだけだ」 「俺は着て寝てる」 「一緒ならあったかいだろ」 「そう……だな。あ。俺もつけたい。キスマーク」  俺の欲求に、涼弥が目を瞠る。 「ダメか?」 「いや……」 「お前は……俺のだから」  涼弥の真似して言う。 「なんでか、俺もつけたくなった」  起き上って、涼弥を仰向けにして上に屈み込む。 「加減がわかんないから、痛過ぎたら言って」  左の鎖骨のところ。俺のと同じ場所に、口をつけた。唇をピッタリつけて。真空にする感じでちゅうっと吸う。どんどん吸う。  離して見ると、うっすら色がついてる程度。  もう一度。  チュッとしてから吸いついた。さっきより強く。 「っつ……はぁ……」  涼弥の声で、痛みを感じる強さになったのがわかる。  吸い続けてると、皮膚から血が染み出してきそうな気がする。  また見ると。  豆電球のオレンジの灯りの下、2cm大の赤茶っぽく見える歪な楕円に皮膚が染まってる。 「ごめん。濃くなっちゃったかも」 「ずっと残ってもいい」  見下ろした涼弥が、フッと笑い。俺の首に手をあてて引き寄せて、唇を重ねた。  入ってきた舌を吸って、涼弥の口の中を舐る。  自分の体重を支える腕から力が抜けないように気をつけながら、キスを楽しむ。 「ん……はぁっ……あっ……んっ……」  ゆっくりと与えられる刺激に身体が熱くなる。  反応はするけど。勃って出したいって欲情より、好きって感情が外に出たい感じ。  口の中、舐めて舐められて。舌を吸い合う……この行為で心、伝わるのはどうしてだろうな……?  長く、まったりしたキスのあと。再び並んで横になる。 「胸、痛んでないか? 痛み止めとっくに切れてるだろ」 「平気だ」 「一応聞く。出さなくていいのか?」  だってさ。ぐっすり眠ってほしいじゃん? 「今日はもう十分だ。寝てるお前に手は出さない。安心していいぞ」 「そんな心配はしてない」  目を合わせて微笑み合う。あくびをひとつ、かみ殺した。 「寝よう」 「ん。お休み。涼弥……いい夢見ろよ」 「ああ。お休み」  涼弥の体温を感じて心地よくて。  目を閉じてほどなく、眠りに落ちていく俺。  いい夢見れそうだ……な。

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