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39-3 また、とは言わない

 ニヤリと笑い、藤村が肩を竦めて見せる。 「つれないねぇ。じゃあさ、一緒に役員になったら一回。どう? もちろん、俺とやるの気に入ったらつき合ってやるし」  何その勝手な上から目線……相変わらずだな。 「断るよ。やる相手は選ぶから俺」  冷ややかに。  ふざけてだろうが何だろうが、俺を押さえつけて服剥くとこまで襲ったヤツに……やさしくする必要はなし。 「まだ根に持ってんの? アレは本気じゃなかったって」  無言で藤村を睨んだ。 「早瀬さぁ、自分のことわかってる? 今まで無事だったの、運がよかっただけ。選挙で目立ちゃ、絶対誰か手出してくるぜ。そこで、俺」  今や、部屋中の人間が俺と藤村のやり取りに注目してるっぽい……のに。 「いい思いさせるし、男がいれば危険も半減。今フリーだから、俺とつき合わない?」  しつこく勝手なオファーをしてくる藤村。  いい加減ウザい。  コイツを黙らせるには、言うしかないか?  どっちみち、バレてオーケー。人に知られたほうが安全なのは確かだ……。 「諦めな。早瀬はもう人のもんだからよ」  俺より先に、隣で上沢が言った。  あー……。  いいよ? いいけどもさ! 「まさか、お前のだって言わないよな?」  藤村が半分からかうように尋ねる。 「んなわけねぇだろ」 「じゃ、誰の?」  上沢が俺を見る。  口を開きかけたところで。 「撮影始めるよ。書き終わった人から。まずは、そこのヒマそうな2年」  桝田(ますだ)の声。その言葉と目線に、藤村が軽く舌打ちしてスクリーンの前へ。俺たちに向けられてた数々の視線も、それぞれの手元に戻る。   「ああいう手合いにゃ、ハッキリ言ってやんねぇと」 「わかってる。そのつもりだった」  目を合わせた上沢に、溜息とともに答える。 「お前に先越されたけどさ」 「世話焼いたんじゃねぇぞ。杉原に頼まれてんだよ」 「え……?」  素で驚いた。 「涼弥がお前に……頼んだ? 何て……?」 「あいつにこのこと話したろ。桝田がいるし、顔合わせの候補者ん中にも変なのがいるかもしんねぇ……」  5限終わった休み時間に、放課後に撮影があるって伝えた。涼弥は、補習と追試で行けないって悔しがった。  まぁ、ヒマでも今ここにいれないだろってのはスルーで。  大丈夫だから、安心して追試受けろって言っといたんだけど……涼弥の心配基準はまだ不安定な模様。 「桝田と二人きりにすんな。チラとでもコナかけてくんのがいたら、自分とつき合ってるって言え、だとよ」 「それで……か。サンキュ……」 「いっそ、紹介文に書いちまやいいんじゃねぇ? 彼氏は杉原です。邪魔しないでくれれば役員の仕事がんばります……ってな」 「お前がそう書け」  笑って。また溜息が出る。 「あー嫌だ。選挙……つーか、生徒会役員になりたくない」 「往生際悪いな」 「だってさ。やりたくないヤツがやる生徒会ってどうなの?」 「毎年こんなもんらしいぜ。(じゅん)だって、お前みたいに嫌々出て会長だ。みんな面倒なこたやりたくねぇからな。今回もマジメにやる気あんのは加賀谷くらいだろ。期待してもムダだぞ」 「する。やっぱりノンケにしといたほうがいいかな?」 「あんま変わんねぇよ。ノンケを食いたいヤツもいる」  打つ手なし……ってか。 「去年の選挙、役員になった5人中3人は自己申告の情報じゃノンケだ。今ノンケはひとりしか残ってねぇが」 「誰?」 「加賀谷」 「え……」  ゲイだろ? でもって、タチでサド……玲史の見立てによると、だけど。  校内では完璧に隠してるのか? 「つーか、色恋に興味ねぇんだとよ。実際、浮いた話聞かねぇもんな」 「そうなんだ……」  俺も、加賀谷の浮いた話は聞いたことない。ただ、ゲイ向けアダルトショップのSMコーナーで、尿道プラグとかを真剣に吟味してたってのを聞いただけ。  うっかりSMの世界を想像しかけて、頭を振った。  痛いのも恥ずかしいのも、つらいのがよくなるのもごめんだ。 「いいや。俺はバイにしとく」 「好きにしろ。まぁ次、藤村がちょっかい出してきたらハッキリ言ってやれ」 「そうするよ」  その後、当たり障りなくやる気なしの紹介文を書き、桝田が次々と候補者の写真を撮るのを見てた。  生徒会からの責任者を兼ねる加賀谷を除いて。俺と上沢のほかに、残るは1年がひとり……美術部の津田だった。  待ってる間に聞いたところ。俺みたいに渋々じゃなく、自ら名乗りを上げたという。  部活で会った時に教えてくれればよかったのにって言ったら、『早瀬さんもでしょ』と返された。  津田が終わって去り、俺の番。  白いスクリーンを背に、三脚に載せられたカメラを見る。そのレンズを覗いて位置を合わせる桝田を、見る。  スクリーンの裏にある暗室で俺に向き合ってた時とは違い、桝田の動きにぎこちなさやためらいは感じない。写真を撮るって行為は、慣れて自信を持って出来ることなんだろう。 「カメラのここ見て」  調整を終えた桝田が、レンズの前を指さして言った。  ファインダー越しに。桝田に見つめられながら、カメラにフォーカスする。 「笑顔でも真顔でも……」  どっちがやる気なさげに見えるか……。 「見せたい顔して……俺に」  え……? 「冗談」  ホッとして気が緩んだ。ほんのちょっと口角も上がったかもしれない。  喋りながらも、シャッターはドンドン押してた桝田がカメラを下ろす。 「いいよ。終わりだ」  上沢と加賀谷が何やら話してるデスクのほうへと、スクリーンの前から桝田の横を通って戻る時。 「ありがとうございます……」  斜めに向かい合う位置で、桝田に軽く頭を下げた。  笑みを浮かべる桝田に。 「さっきも。この前の電話も」  そう続けた俺を、一瞬見開いた目で見つめた桝田が……悲しげに眉を寄せる。 「知られちゃったのか」 「助かった……ほんとに。南海に言ったりはしない」 「あいつにバレるのはかまわないけど……」  じゃあ、何が問題……? 「自分で助けられない、卑怯で意気地なしだってこと……きみに知られたくなかった」  今度は俺が眉を寄せた。 「そんなふうに思ってないよ」  桝田と見つめ合う。 「涼弥を狂わせずに済んだ。俺、あんたを許せる」  許せば、忘れることが可能になる。  それがわかったのか……桝田が淋しそうに微笑んだ。 「ごめんね。ありがとう……」 「早瀬! 終わったんなら早く来い」  上沢が呼んだ。 「杉原と幸せに」 「じゃあ……」  また、とは言わない。偶然か必要な状況かで、また顔を合わせる機会があるとしても。  頷く桝田に、控えめな笑顔を見せて背を向けた。

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