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52-7 メイズをともに行く

「よお! お前、早瀬だよな? 次の役員の」 「……選挙結果はまだです」  あたりまえのように隣を歩き出す斉木に、カタい声で答える。 「もうすぐ発表だし、お前の当選は決まりだろ。人気はダントツ……うちのクラス、カジノやってんだ。結都(ゆうと)に聞いたか? ここ出たら来いよ」 「選挙のベットのことなら知ってるけど、自分をネタにした賭けをしてるところには行きません」  ストレートに拒否して。 「急いでるんじゃないですか? 結都と来てるんでしょ?」  話を終わりにしたい。 「そ。時間ねぇから急いでチャッチャと出ねぇと」 「どうぞ。お先に」  ホッとして笑顔を作った……。 「でも、ちょいゆっくり行くわ」  のに。  斉木は俺の横をのんびり歩く。 「結都も急いでるんじゃ……待たせちゃいますよ」 「そのほうがいい。先に出てるほうが気が楽だろ。俺のこと責められるから」  そう言って笑う斉木。 「結都が通った出口、わからなかった俺が悪いってな」 「……やさしいんですね、意外と」  思ったままを口にした。 「そう? 俺よりヘコみやすいあいつを気分よくさせとくのは、自分のため。常にご機嫌でいさせて、イイコトしてもらうため」  それでも、結都のためだよね。  この男……相手のことをちゃんとわかってて、思いやってるじゃん。 「お前は?」 「え?」 「あの動画のヤツ。うまくいってるらしいのに、うかねぇ顔だな」  斉木の問いに、溜息をついた。 「選挙の結果発表が少し憂鬱なのと、ここの結果が悪かった時のこと考えるとちょっと……」 「こんなの適当なお遊びだろ。本気で好きなら第六感も冴えるはずとか思っちゃってんの?」 「……俺は思ってないけど……」  言葉を濁し、立ち止まる。  分かれ道だ。  まっすぐか、右。  何も考えず右に曲がった。  斉木もついてくる。 「彼氏か。見かけによらず乙女チックなんだな」 「そうでもない……はずだけど。なんかこれ、気合入っちゃって……どうしようかなと思ってます」 「何で?」 「ヘコむ結果だったら、何て言えばいいか……」 「一緒になってヘコまなきゃ平気だろ」 「俺は平気です。この相性チェックなんて、何の根拠もないし。100パーじゃなきゃここがバカなんだって言ってあるけど……」  余裕そうな斉木を見る。 「相性25パーセントだったら、結都に何て言うつもりですか?」 「100越えたから125になったんだ……って言うかな」  それ……通用するの?って、顔に出てたんだろう。 「こんなのより俺を信じるくらいにはなってるから。そういうことにしといてくれんだろ」  俺を見て、斉木が首を傾げる。 「どうした? お前も今の使っていいぜ」 「……斉木さん」  やっぱり聞いておこう。 「あなたはいい男だと思う。結都を本気で好きなのもわかる。なのに、どうして……天文部の部室で……」  結都を襲おうとしたんだ?  足を止めた俺に向き合う斉木と視線を合わせた。 「あなたが、力づくでムリヤリやって満足する人とは思えないから……気になって」 「あーあれ……結都に聞いたのか」  リラックスした斉木の表情をは変わらない。 「見てました。窓から。何かあったら助けるつもりだった」 「はは……柏葉ってヤツが言ってたの、嘘じゃなかったのか」 「江藤と水本の手を借りてまで……好きだから? 好きなのに、何でレイプなんて最低なことするんだ?」  敬語が完全に飛んだ。 「(かい)も俺たちもいなきゃ、あんたは結都を傷つけて……今ここで相性チェックなんかしてられなかった。それがわからないはずないよな?」  レイプは許せない行為だ。  でも、斉木のは未遂の手前だったし。結都が許してるのに俺が責める筋合いじゃないし。  もちろん、えらそうにモラルを説くほどの経験もない。  ただ……知りたい。  好奇心っていえば、それまでだけど。自分の、人を見る目が甘いのかどうか……確認したい。  好きな相手をレイプしようとするヤツをいい男って思うのは、俺の中で矛盾する。だから、理由があるなら聞きたい。  素っ気ない装飾のメイズで思考が内に向かいがちな上、妙なプレッシャー跳ね除けながら歩いてて。  斉木と話して。思いがけず、前向きな気持ちになってきてたから。  気になること聞いてスッキリすれば、ここ出た時悪い結果で涼弥がヘコんでても。 『ほらな。やっぱアテになんないじゃん!』  て、自信持って笑い飛ばしてあげられる気がする。 『相性よすぎて数値オーバーだな。100じゃ足りないんだよ』  て、言える。斉木の案を採用して。  暫しの沈黙のあと。 「お前は結都のダチだし、あの時助けに来てたっつうし。マジで答えるか」  斉木が薄く微笑んだ。 「まず、大前提。結都をムリヤリ犯すつもりなんて、なかったよ。何度も告ってフラレて。だからって、んなことしても虚しいだけだろうが」 「え……でも……」 「江藤と水本に頼んだのは、万が一俺が……やっちまいそうになったら止めてくれってこと」 「……水本のヤツ……凱を縛ったら、見たくないから出てくって……結都を押さえてた時。それ聞いて、レイプする気だって思った」  記憶を辿りながら言う。 「止めるどころか、協力してたじゃん。江藤もナイフ出して凱を……」 「柏葉は予定外でついてきちまったから、邪魔させるなっつっといた。で、江藤が気きかせて質に取った。水本は、ただ結都を逃さないようにしただけ」 「じゃあ……あんたは何がしたかったんだ?」  斉木の説明は、肝心なとこが抜けてる。 「結都に告って断られる……予想ついてたとして。それから?」 「逃げらんなくして襲う」 「は……!?」 「押さえつけて服剥いで触るくらいはするつもりだった。あーあと、おっ勃てた俺のも見せてやったかな」 「何……のため……」 「マジでやられるって思わせねぇと。けど、やんねぇよ絶対」  意味がわからず眉間に皺を寄せて口を開いたままの俺に、斉木が唇の端を上げる。 「そんなことされたら、お前どう? こっちが突っ込む気ねぇのは知らない状況で。怖い? 嫌いになる?」 「あたりまえじゃん!」 「だからだよ。メチャクチャ嫌われたくて。二度と俺の顔見たくならねぇように」  冗談、じゃなく……本当に。 「心底嫌われてよ。近づけもしなけりゃ、終わるだろ」  これ……前に聞いたこと……ある。  涼弥に……。  動画撮られた日。  好きだって言って、言われた日。  土曜に、告ってフラれると思って。  なら、襲って……完全に嫌われて、離れるように。  俺が手に入らないなら、手が届かないようにしたかった……って。 「自分では諦められないから……?」 「そうだな。何度フラれても可能性ゼロって思いきれねぇし。そのうちマジで襲っちまったら、俺は死ぬ」  斉木の真摯な瞳を見つめる。 「バカみたいか? そんだけホレてんだよ。放っとけ」 「……バカじゃない。わかった……納得」  涼弥と同じ発想だ。  本気で。  ひたむきで。  どうしようもなく強い、思い。 「結都のこと、大事にしてください」 「するよ。手に入ったからにはいつでも全力だ」  斉木の笑顔に、口元がほころぶ。  気分が晴れた感じ。  早くこのメイズ抜けて……涼弥に会いたい。  ヘコむ要素なんか、どこにもないからな。

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