220 / 246
52-7 メイズをともに行く
「よお! お前、早瀬だよな? 次の役員の」
「……選挙結果はまだです」
あたりまえのように隣を歩き出す斉木に、カタい声で答える。
「もうすぐ発表だし、お前の当選は決まりだろ。人気はダントツ……うちのクラス、カジノやってんだ。結都 に聞いたか? ここ出たら来いよ」
「選挙のベットのことなら知ってるけど、自分をネタにした賭けをしてるところには行きません」
ストレートに拒否して。
「急いでるんじゃないですか? 結都と来てるんでしょ?」
話を終わりにしたい。
「そ。時間ねぇから急いでチャッチャと出ねぇと」
「どうぞ。お先に」
ホッとして笑顔を作った……。
「でも、ちょいゆっくり行くわ」
のに。
斉木は俺の横をのんびり歩く。
「結都も急いでるんじゃ……待たせちゃいますよ」
「そのほうがいい。先に出てるほうが気が楽だろ。俺のこと責められるから」
そう言って笑う斉木。
「結都が通った出口、わからなかった俺が悪いってな」
「……やさしいんですね、意外と」
思ったままを口にした。
「そう? 俺よりヘコみやすいあいつを気分よくさせとくのは、自分のため。常にご機嫌でいさせて、イイコトしてもらうため」
それでも、結都のためだよね。
この男……相手のことをちゃんとわかってて、思いやってるじゃん。
「お前は?」
「え?」
「あの動画のヤツ。うまくいってるらしいのに、うかねぇ顔だな」
斉木の問いに、溜息をついた。
「選挙の結果発表が少し憂鬱なのと、ここの結果が悪かった時のこと考えるとちょっと……」
「こんなの適当なお遊びだろ。本気で好きなら第六感も冴えるはずとか思っちゃってんの?」
「……俺は思ってないけど……」
言葉を濁し、立ち止まる。
分かれ道だ。
まっすぐか、右。
何も考えず右に曲がった。
斉木もついてくる。
「彼氏か。見かけによらず乙女チックなんだな」
「そうでもない……はずだけど。なんかこれ、気合入っちゃって……どうしようかなと思ってます」
「何で?」
「ヘコむ結果だったら、何て言えばいいか……」
「一緒になってヘコまなきゃ平気だろ」
「俺は平気です。この相性チェックなんて、何の根拠もないし。100パーじゃなきゃここがバカなんだって言ってあるけど……」
余裕そうな斉木を見る。
「相性25パーセントだったら、結都に何て言うつもりですか?」
「100越えたから125になったんだ……って言うかな」
それ……通用するの?って、顔に出てたんだろう。
「こんなのより俺を信じるくらいにはなってるから。そういうことにしといてくれんだろ」
俺を見て、斉木が首を傾げる。
「どうした? お前も今の使っていいぜ」
「……斉木さん」
やっぱり聞いておこう。
「あなたはいい男だと思う。結都を本気で好きなのもわかる。なのに、どうして……天文部の部室で……」
結都を襲おうとしたんだ?
足を止めた俺に向き合う斉木と視線を合わせた。
「あなたが、力づくでムリヤリやって満足する人とは思えないから……気になって」
「あーあれ……結都に聞いたのか」
リラックスした斉木の表情をは変わらない。
「見てました。窓から。何かあったら助けるつもりだった」
「はは……柏葉ってヤツが言ってたの、嘘じゃなかったのか」
「江藤と水本の手を借りてまで……好きだから? 好きなのに、何でレイプなんて最低なことするんだ?」
敬語が完全に飛んだ。
「凱 も俺たちもいなきゃ、あんたは結都を傷つけて……今ここで相性チェックなんかしてられなかった。それがわからないはずないよな?」
レイプは許せない行為だ。
でも、斉木のは未遂の手前だったし。結都が許してるのに俺が責める筋合いじゃないし。
もちろん、えらそうにモラルを説くほどの経験もない。
ただ……知りたい。
好奇心っていえば、それまでだけど。自分の、人を見る目が甘いのかどうか……確認したい。
好きな相手をレイプしようとするヤツをいい男って思うのは、俺の中で矛盾する。だから、理由があるなら聞きたい。
素っ気ない装飾のメイズで思考が内に向かいがちな上、妙なプレッシャー跳ね除けながら歩いてて。
斉木と話して。思いがけず、前向きな気持ちになってきてたから。
気になること聞いてスッキリすれば、ここ出た時悪い結果で涼弥がヘコんでても。
『ほらな。やっぱアテになんないじゃん!』
て、自信持って笑い飛ばしてあげられる気がする。
『相性よすぎて数値オーバーだな。100じゃ足りないんだよ』
て、言える。斉木の案を採用して。
暫しの沈黙のあと。
「お前は結都のダチだし、あの時助けに来てたっつうし。マジで答えるか」
斉木が薄く微笑んだ。
「まず、大前提。結都をムリヤリ犯すつもりなんて、なかったよ。何度も告ってフラレて。だからって、んなことしても虚しいだけだろうが」
「え……でも……」
「江藤と水本に頼んだのは、万が一俺が……やっちまいそうになったら止めてくれってこと」
「……水本のヤツ……凱を縛ったら、見たくないから出てくって……結都を押さえてた時。それ聞いて、レイプする気だって思った」
記憶を辿りながら言う。
「止めるどころか、協力してたじゃん。江藤もナイフ出して凱を……」
「柏葉は予定外でついてきちまったから、邪魔させるなっつっといた。で、江藤が気きかせて質に取った。水本は、ただ結都を逃さないようにしただけ」
「じゃあ……あんたは何がしたかったんだ?」
斉木の説明は、肝心なとこが抜けてる。
「結都に告って断られる……予想ついてたとして。それから?」
「逃げらんなくして襲う」
「は……!?」
「押さえつけて服剥いで触るくらいはするつもりだった。あーあと、おっ勃てた俺のも見せてやったかな」
「何……のため……」
「マジでやられるって思わせねぇと。けど、やんねぇよ絶対」
意味がわからず眉間に皺を寄せて口を開いたままの俺に、斉木が唇の端を上げる。
「そんなことされたら、お前どう? こっちが突っ込む気ねぇのは知らない状況で。怖い? 嫌いになる?」
「あたりまえじゃん!」
「だからだよ。メチャクチャ嫌われたくて。二度と俺の顔見たくならねぇように」
冗談、じゃなく……本当に。
「心底嫌われてよ。近づけもしなけりゃ、終わるだろ」
これ……前に聞いたこと……ある。
涼弥に……。
動画撮られた日。
好きだって言って、言われた日。
土曜に、告ってフラれると思って。
なら、襲って……完全に嫌われて、離れるように。
俺が手に入らないなら、手が届かないようにしたかった……って。
「自分では諦められないから……?」
「そうだな。何度フラれても可能性ゼロって思いきれねぇし。そのうちマジで襲っちまったら、俺は死ぬ」
斉木の真摯な瞳を見つめる。
「バカみたいか? そんだけホレてんだよ。放っとけ」
「……バカじゃない。わかった……納得」
涼弥と同じ発想だ。
本気で。
ひたむきで。
どうしようもなく強い、思い。
「結都のこと、大事にしてください」
「するよ。手に入ったからにはいつでも全力だ」
斉木の笑顔に、口元がほころぶ。
気分が晴れた感じ。
早くこのメイズ抜けて……涼弥に会いたい。
ヘコむ要素なんか、どこにもないからな。
ともだちにシェアしよう!