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53-6 お化け屋敷をサッと歩き

 お化け屋敷に戻る途中。  カジノ帰りの集団に囲まれて、ベットが当たった礼を言われ。  女子高生の束から祝福を受け。  1年数人に、がんばってくださいと励まされ。  ゴール地点に着いた時。すでに時刻は4時59分。 「まだ中に客いる?」  テーブルの片付けを始めてる受付に聞いた。 「早瀬。うん、10人くらいまだ残ってる」 「じゃあ、ダッシュで回るから最後に入らせて。金はあとで」 「お代はいいよ。5分前に締めちゃったし。もう、ゾンビたちダラけてるだろうから」 「サンキュ……」 「あ。当選おめでとう」  苦笑して。  急いで涼弥と中に入って間もなく、学祭終了を告げるアナウンスが流れ始めた。 「おー会長だってな」 「落ち込むなよ。彼氏に慰めてもらえ」 「委員長がなると思ってた」 「引き継ぎ指導で江藤にやられんなよ」 「来年は男に困らねぇな」 「心配だろ、杉原。首輪つけとけば?」  ゾンビたちからのゾンビ役の呻きじゃない声を浴びながら、適当に受け答えつつ進む。 「中、けっこう凝ってるな。手間かかったろ」 「ん。みんながんばった」  角にいる頭に斧が刺さったゾンビからのフラッシュを浴び。少なからずビクッとした顔の涼弥を見て、ちょっと残念になる。 「ゾンビ出るうちに来れば、お前が驚くとこ見れたのにな」 「俺は人が化けたもんにゃビビらねぇぞ。暗闇も平気だ」 「そうか? いきなり動くとか声とか、みんなけっこう驚くぞ。脅かすほうはおもしろかったよ」 「楽しかったか? 学祭」 「うん。お前は?」 「ああ、楽しんだ……」  微笑みを浮かべて見つめ合い。 「まだ続きあるから……もっと楽しめるな」  涼弥も思ってるだろうことを先に言う。  学祭は終わっても、まだ今日は終わらない。  あーなんか熱くなってきた。 「將悟(そうご)……」  涼弥が足を止めた。  ヤバい。俺もキスしたい。  ここ、おひさまないし。暗いし。  この先の角にいるはずのゾンビもいないし。  後ろから客も来ない。  ちょっとなら、いいか……?  涼弥が俺の腕を掴んだ。  ワイシャツ越しに伝わる熱い手の体温をもっと感じたい。  もっと直に。  もっと熱く……。  距離を縮めようと、涼弥のブレザーの襟に手を伸ばし……。 「おっ何する気だ? 次期会長のくせに」  ひッ……って声出そうになった!  涼弥と同時に振り返ると、岸岡がいた。 「続けろよ。邪魔しねぇで……見ててやる」  そう言われて続けられるヤツ、いるのか?  いるか。  玲史とか。藤村とか。 「いい。悪かった」  ここは俺に非がある。  あと少し待てばいいのに、我慢が足りなかった。 「客、全部出たのか?」 「おう。最終点検して灯りつけるぜ」 「お前一番働いたろ。お疲れ」  労をねぎらうと、ギラつく瞳でニヤリとする岸岡。 「まだまだ、これからが本番だろ。なぁ? 杉原」 「……そうだな」  涼弥を見ると、岸岡と同じ瞳でニヤリ。  あーそういう……。  今日はみなさん盛ってるのね……学祭効果で。  俺もだけどさ。 「早いとこ撤収して、お楽しみといこうぜ」  岸岡に促され。何も突然動いたりしないお化け屋敷を、サクサクと先へ行く。 「終わり?」  仕掛けのベッドから樹生が言った。 「おう。前シフトのヤツらもそろそろ来るだろ。一気に片付けしちまうぞ。目標6時だ」 「すぐ帰れれば楽なのに……あ、將悟。さっきはありがとな。制服、バックヤードだから後で返す」 「うん。沙羅……喜んだろ」 「まぁね」  こっちに来て一緒に歩きながら、樹生が溜息をつく。 「望むことはしてあげられたと思うよ」 「何?」 「俺の嫉妬と不安、沙羅に見せた」 「マジで心配したか?」 「……半分パフォーマンスのつもりだったんだけど、少しね」  微笑む樹生の表情が、なんていうか……ちょっぴり憂いてる。 「俺、浮気の心配出来る立場じゃないだろ」 「沙羅はしないとしてもな」 「……ハッキリ言ってさ。浮気なら許せるんだ。どうでもいい相手と1回遊ぶくらいなら」 「え……マジ?」 「気分はよくないけど。それでも俺がいいって思ってくれるのが変わらなきゃね。ただ……」  樹生の顔の憂いが濃くなる。 「本気になり得る相手だと不安になる。瓜生(くりゅう)に、俺は敵わなそうだったから」 「沙羅はお前がいいんだろ。自信持てよ」  確かに瓜生はカッコよかった。  南海から俺を助けてくれた時の言動から見て、まっとうな男だろうとも思う。  過去に沙羅が好きだったのも事実。  でもさ。  今、好きなのは樹生じゃん?  欠点があってもだ。  好きになるポイントの優劣じゃなく、どうしようもなく好きだって気持ちが大事。  どっから湧くのかわからない。  どうやって鎮めればいいかわからない。  厄介な時もある……コイゴコロってやつ。 「それ、今まで軽く言ってた。ほかの女と遊んでも、俺が好きなのはお前だ……って」 「お前にとっちゃ事実なんだろうけど……」 「言葉なんてさ、信じてもらえないような行動してたら無意味だよね。反省しなきゃな」  樹生が女遊びを反省……?  沙羅の思惑がハマったのか……?  言葉じゃなく行動……本気を伝えるなら必要だ。  「やめるか? 浮気」  聞くと、樹生がマジメに考える顔をした。 「その方向で……努力してみるよ」 「ん。よかった」  いい感じに話が終わったところで。 「何だお前ら、小さくまとまっちまって」  先頭を歩いてた岸岡が振り返った。 「相手が自分だけってので満足か?」 「普通、そうだろ」  岸岡の真意はわからないけど答えた。  深いつき合いは一対一が普通っていうか、基本のはずだ。 「お前自身はともかくさ。相手が二股とか三股とか、嫌じゃないのか?」 「俺が一番ならいい」 「は!?」 「当然、俺のほうも遊ぶけどよ」  つき合ってるって言えるのかソレ? 「ほかのどのヤツより俺がいいならいい」  岸岡が繰り返す。 「誰とも比べねぇで俺がサイコーとか言われてもな。物足んねぇ」 「そりゃ相手がその程度なんだろ。遊び人の理屈だ」  涼弥が反論。  気に障ったのか?  俺、受けでは涼弥しか知らないもんな。 「杉原にゃわかんねぇか。人が残した痕跡塗り潰すの、すげーたぎるぜ」  ニヤつく岸岡。  黙る涼弥。  そこへ。  バサッ。ダン……ッ!  ガタッコロコロ……。 「おっ……」 「うおッ……!」 「わッ……! 「ッ……!」  岸岡も涼弥も俺も樹生も、無防備に驚いた。  出口前。  答え合わせのテーブル後ろのカーテンから、突然人が現れた。  テーブルに飛び乗って。  フェイクフルーツを床に落として。  俺たちを驚かせたのは(かい)だった。 「ビッ……クリさせんなよ」 「待ってたのか。ヒマ人だな」 「お前、こういうの好きだよね」  俺と岸岡と樹生のコメントに、ご満悦な様子で凱が笑う。 「タイミングバッチリだろ」 「まぁな。みんな外か?」 「そー。片付け今日やんの?」 「内装取っ払って、要るもんとゴミ分けるとこまでだ」  凱が岸岡と話し出してから、涼弥を見た。 「お前の驚いたとこ見れた」 「……今のは反射だろ」  きまり悪げに、咄嗟に掴んでた俺の腕を放す涼弥。  一番大きな声上げてたし。一番ビックリしてたよね、きっと。  でも。  怖いとかでなく、反応がいいのかも。危険察知っていうか。  なのに。  ビビったとこ見せちまったぜ、みたいな顔してソッポ向いてて……おもしろいな。 「將悟。サプライズってどう思う? 女は好きなイメージあるけど」  樹生に問われ。 「喜ぶことならいいんじゃないか? プレゼントとか予想外の甘い演出とか、そういうやつ」  沙羅を想定して答えた。 「ベタなのでも、サプライズしようとしてくれたって気持ちが嬉しいじゃん」 「そうだな。考えてみるよ」  頷く樹生が涼弥を見る。 「杉原は? サプライズ、されたい?」 「俺は……自分がするほうがいいな」  そう言って口角を上げる涼弥に笑みを返し、お化け屋敷を出た。

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