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53-5 ライブが終わり

「あ……みんなとステージ前に……お前、知ってたのか? 沙羅の……」 「思い出した。瓜生(くりゅう)にディスガイズで会った時、見たとことあるって言ったろ」  俺の問いが終わる前に答え、樹生が唇の端を上げた。 「じゃ、あとで」 「待てよ!」  そのまま行こうとする樹生を呼び止める。 「顔に貼った血糊取れ。あと、これ……」  急いで顔からデカい血糊を剥がした樹生に、ブレザーを脱いで渡す。 「着てけ。ライブ中にケガ人乱入みたいになっちゃマズいだろ」 「サンキュ……!」  大音量で演奏が始まった。  ゾンビ仕様にしたシャツをブレザーで隠し、樹生が客席の真ん中に空いた通路を走り去る。  さっきまでののんびり朗らか口調と違い、よく通る深い声で坂口が歌い出す。  演奏も。なんていうか……藤村たちより本格的で迫力あって、一瞬で体育館を支配する音の渦にのまれた。  特にギター……。  何これ……うま過ぎじゃん……!?  楽器なんて中学の時のリコーダー以来いじったことなくて。ギターとか弾けるだけですげーって思う俺でもわかるくらい。  瓜生は段違いにうまい。 「さっきのヤツらもなかなかだったが……かなりだぞ」 「うん。坂口も超意外だけど、瓜生が……あんな弾けるのカッコイイな」  ステージに釘付けになってた視線を盛り上がってる客に向けた。 「見ろよ、女のコたち。マジで人気あるじゃん」  ライブハウスでもこうなのか、キャーキャー黄色い声を上げながら跳ねてる感じ。  男の客もいる。跳ねてる。  確かに、跳ねたくなるリズムだ。  聴き入ってるうちに、3曲終わり。 「ラスト。大切な人に……届くことを願って歌います」  坂口がそう言って、物悲しいトーンのギターソロで始まったラストの曲は……前のと打って変わり、静かでスローなバラードだった。  奇跡じゃなく当然って感じる深みで溺れたい。  そんな歌詞のラブソングをしっとり歌い上げ、坂口がペコリと頭を下げる。ほかの3人も、礼儀正しくお辞儀をした。  それを合図に起こる大拍手と大歓声。  トリップから現実に戻ったような感覚の中、惜しみなく拍手する。  マジですごかった。  見に来てよかった。  はーっ癒やされた。 「以上をもちまして、午後のライブは終了となります……」  進行のアナウンスが流れるも、ステージ前にいる女子たちはそこに留まったまま。  バンドのメンバーは機材の片付けに入ってるようだけど……。  まさかアンコールでもあるのか? コンサートみたく?  そう思ってたら。  突然、再びの黄色い声が上がった。  ステージから下りて女のコに囲まれた坂口が、極上スマイルで愛想を振りまいてる。  まるでファンサービス……慣れてそうだ。 「すごいな」  涼弥のこの感想は、坂口のモテぶりに対してか。 「さすがに男は群がってないが……」 「ノンケなんだろ。このバンドは」 「……瓜生は男にもモテるぞ。相手したって話は聞かねぇけどよ」 「そうだ。沙羅……」  ステージ上の3人のメンバーに下から声援を送ってる女子の群れを見る。 「あの中にゃいねぇだろ」  うん。いない。  最初に捌けた観客の波に乗って出みたいだ。 「樹生が来てよかった。まぁ、今も瓜生のバンドのファンかもしれないけどさ」 「あの御坂でも気になるんだな。ほかのヤツにっての……」  涼弥が溜息をついた。 「だから、俺が気になるのは仕方ねぇか」 「は? 俺は誰もないだろ」 「前の女も(かい)も、桝田みたいにお前に気があるヤツも……普段は気にならねぇが、今気になった。お前がカッコイイっつった瓜生も」 「坂口の歌聴いて、おセンチになったか?」 「……そうかもな」 「学祭のせいもあるか」  笑みを浮かべて涼弥を見つめる。 「ほら、気分が上がって開放的になってさ。無防備にもなるだろ。大丈夫。俺がいるじゃん?」 「ああ……そうだ」  なんか、ほんと感傷的になってるっぽかったけど。  一時的なもんだったらしく。 「今夜は一緒だしな」  気分回復したようで、笑顔になった涼弥の瞳に宿る熱が再燃。 「ん……楽しみだ」  暫し視線を絡めてから、辺りを見回した。  出来る限り人目に晒されないよう間を置いたおかげで、まだ前でキャッキャしてる女子のほかに残ってる客は数人しかいない。 「そろそろ行くか」 「うん」  涼弥に頷いて、腰を上げる。 「時間厳しいけど、うちのお化け屋敷……空いてたらチラッと覗くか?」 「ああ。入れたらでいいぞ。御坂のゾンビ見たしな」  体育館から出ると、外はもう夕方だ。  渡り廊下から見える中庭のベンチに座る人影はまだ多いけど、学祭ももうすぐ終わり……。  あ。藤村と東條がいる。 「東條がオーケーしたってのは、学祭効果か? あいつは女好きなはずなのによ」  二人を見て、涼弥が訝しむ。 「坂口が笛吹いて出てきたろ。客向けのパフォーマンスかとも思ったが、そのために……キスするか?」 「あれ、告ったのはマジでさ。返事がイエスならキスするってことだけ坂口に伝えてあったとかじゃ? 東條は知らなかったと思う」 「今ああやって一緒にいるってのは、返事はマジなのか……信じらんねぇ」 「あいつらにもいろいろあるんだろ」  ヘラヘラしてる藤村だけど。ちゃんと好きで告ってイエスでつき合うなら、よかった。これでもう、俺にちょっかい出してこないだろうし。  たださ。  ステージで告白って、いい度胸だよね。ドラマチック、でも……玉砕する覚悟も要るしな。  観客の面前でのキスも……俺には無理だ。 「そういや、木谷からメール来たぞ。オーケーもらったってな」  校舎に入り。俺を見て何か話してる1年二人を横目で見やり、涼弥が言った。 「津田と……うまくいったのか」  学祭効果、マジでありそう。  あー選挙当選効果もあるか。 「うかれてやがる。そっちもいろいろがんばって、だと」 「喜んで、いきなり無理させないといいな」  津田も。心構え、必要かもしれないじゃん? 「そりゃ大丈夫だ。木谷のヤツ、津田の好きなほうでいいっつってたからよ」 「え……どっちも出来るのか?」 「男とやったことはないらしいが、向こうに合わせるつもりなんだろ」  向こうって……津田もどっちがいいとかわからなかったら、どうするんだ? 「お前は……男と試すのに、どっちでもよかったのか?」  不意に聞かれ。 「う……ん……まぁ……そう」 「凱がタチだったら抱かれたのか?」   最初はそのつもりだったって……言わなくていいよね。 「あいつはどっちも出来るから。お前はタチだと思ったけど、思ったから……抱くほうにした」  かなり端折った。 「ほかの男にやられねぇでいてくれたのか」  けど、伝わった。 「うん……そう」 「お前も、どっちもイケるってことだよな」 「そう……なるか」  けど、ソレはソレで嫌だったり……? 「俺に突っ込みたいって思うか?」 「は!?」 「一度……ハッキリ聞いておかねぇと」 「いや。お前に抱かれたい」  マジメに言ってる涼弥に、マジメに答える。  ホッとした模様……てことは、バリタチなのかやっぱり。  俺も一応確認を。 「お前は? 俺に抱かれたいって思うか?」 「いや、いい。思わねぇ」  即答するほど? 「どうしてもって言われりゃ……考えるが……」  ちょっと困ったふうな涼弥の真顔がおもしろい。言ってみるのもアリだけども。 「お前が俺を抱きたいって思う限り、言わない」 「思う。限りはねぇぞ」  欲を秘めた瞳で笑みを浮かべる涼弥を見る俺も、きっと同じ瞳をしてる。 「ん……好きなだけ、抱けよ」  もうすぐな。

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