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第1話
1.
目覚まし時計が七時を告げる。
「う……、うぅ……」
どれだけ寝ても寝たりることがないのは、俺がピチピチの高校生男子だからかもしれない。
愛しい布団から後ろ髪をひかれる思いで抜け出し、眠い目をこすりながら階下へと向かう。リビングで母親が用意しておいた朝飯を食べていると、玄関のドアが開閉される音がする。
今日も七時半きっかりに、同級生の夏生がやってきた。
「はよ。おばちゃん、もう行っちゃった?」
「ん」
夏生は俺の隣に座り、そっと後頭部をなでてくる。
「今日も寝ぐせひど。セットするよ?」
「ん」
まだ覚めきらない思考の中おにぎりをもぐもぐ咀嚼していると、夏生が慣れた手つきで俺の髪の毛をいじる。ボサボサ寝ぐせの『ザ寝起きヘアー』が、流行と清潔感をミックスさせたイマドキのDKスタイルへと変化する。
八時になるころに歩いて数分の駅に一緒に向かい、電車で一駅しか離れていない高校へ行く。
これが俺の朝の日常だ。
夏生と俺は、中学からの同級生だ。小学校は学区がとなりで分かれていたが、幼稚園は同じ園に通っていた。もう遠い昔すぎて、記憶の彼方だ。
「おまえ柚月だろ? 俺、夏生だよ、河野夏生 。幼稚園でおなじひまわり組だった夏生」
中学で再会した夏生は、キラッキラの笑顔でそう言った。俺は幼稚園のことなんて覚えてなかったけど、『河野』という名前には確かに覚えがあった。
「河野って、母ちゃんの友達の美容院の?」
駅前商店街のはずれに、ちょっとオシャレ~な美容院がある。そこに母ちゃんの同級生のおばちゃん──というか、見た目はバリバリお姉さんの美容師さんがいる。母ちゃんより十歳は若く見える美魔女だ。
確かそこの息子が俺と同い年で、同じ幼稚園だった。しかしこんなイケメンだっただろうか。
俺の記憶の中の美魔女の息子は、泣き虫で、チビで、女の子みたいに可愛かった。
「そう! 駅前の『wish』はうちの親の店。ていうか柚月……、俺のこと忘れちゃったんだね!? ショック!」
ショックと言いながらも、夏生はニコニコと俺を見ていた。
久しぶりに再会した夏生は、中学一年生のくせに俺より頭ひとつぶんくらい背が高くて、少したれ目気味の人懐っこい目元が印象的な、あま~~い顔したイケメンになっていた。
でも母親譲りらしい茶色い髪の毛は昔とちっとも変わらなくて、俺はこの茶色い髪が陽の光を受けてキラキラするのを見るのが好きだったのを思い出した。
夏生はとにかく人懐っこくて、気がつくといつも俺の隣にいた。朝学校に行くときも、少し遠回りして俺の家に来る。俺の準備が終わるのを待って、登校して、部活もおなじ陸上部に入った。下校時も少し遠回りして俺の家の近所で別れるか、そのままうちに遊びにくる。
俺と夏生はいつもニコイチなんだ。
夏生は中学の三年間ですくすく育ち、ついに百八十センチまでになった。しかも万人受けする温和な性格に、あのイケメンマスク。
なので夏生には時々彼女ができた。あえて『時々』とつけるのは、どれもこれも長続きしないから『時々』。
夏生に彼女が存在する間は遠慮して別々に帰るように試みるのだが、いつも夏生は彼女より俺を優先しようとする。そんなんだからつきあって一ヶ月も経つ頃には、「付き合ってる気がしない」なんていう理由で振られてしまうのだ。
夏生がそれでいいなら俺も別にいいんだけど、なんだかな……という気もする。俺、歴代の彼女たちから相当嫌われてね?
そしてニコイチの中学時代を送り、高校もおなじ学校に通っている。俺が一番近いという理由で一駅となりの高校に決めたら、夏生もそこに決めてしまった。
そんなこんなで俺たちは、中学からあまり変わらない毎日を送っている。かわりばえはないけれど、夏生がいれば毎日たのしいし、同じ高校に通えてうれしい。
将来美容師になるのを目標にしている夏生が、毎朝俺の髪をセットしてくれるのも、いつの間にか当たり前の日常になった。
友達関係は至って良好良好超良好なのだけれど、──高校生活二年目の俺の最大の不満、それは……俺も彼女が欲しい!!
そんなささやかではあるが切実な俺の願望をよそに、夏生は相変わらず『短期間交際』を繰り返していた。
そんな夏生を間近で見ていると、俺だったらもっと彼女のことを大事にして、休みも彼女とデートしたり放課後も一緒に帰ったりするのにな-……とモヤモヤした気持ちになることがある。
やっぱりイケメンは彼女を一番に大事にしなくても、次から次に女子から近づいてくるのだろうか。それはつまり、イケメンゆえに。
夏生は高校に入学すると髪を伸ばし始めた。サイドはあごのライン、それより少し長めの襟足、目が隠れるくらい長い前髪をポンパドール??とかいうのにして、すっきりしたおでこを出している。
なにそれどこのイケメン!?男子高校生のくせに、そんなポンパドールとかいう女子みたいな髪型が似合うってどうよ!?今どきそんな中途半端なロン毛、ホストでもしないっつうの!
でもそんな髪型が夏生のイケメンフェイスと上手い具合に調和して、女子生徒には受けているらしい。ひときわ目立つその容姿に、女子人気も急上昇!ってな感じだ。
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