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第10話
「柚月、……おかしいかな?」
「おかしいだろ……」
「でもクリスマスくらい、……いいかな」
いいかな、って何が。
俺が言葉に詰まっていると、再び夏生の唇が寄せられる。
はじめはそっと触れあうだけ。
それが徐々に、むにむにと感触を確認し始める。俺の上唇が、夏生の唇に挟まれている。
頭の片隅では、このおかしな状況に警鐘が鳴っている。
おかしいよー、変だよー、どうなっちゃってんのー、って。
それでも、明らかに普通なことではないのに、すごく自然な気もするのも本当だった。いつかこんなふうになるんじゃないか、とずっと知っていたような気がする。
俺はされるがままになり、自ら夏生の背中に両手を添えた。
まるでそれが合図かのように、夏生の舌が侵入した。怖ず怖ずと、ゆっくりと、俺の中を確かめるように。
二人して、目を閉じることすらできず、お互いの瞳をのぞきあう。近すぎて輪郭すらぼやけているのに、夏生の思いが見える気がした。
夏生を受け入れるように、俺は唇の力を弱め、すき間を広げた。さっきまで恐る恐るといった感じの動きだった舌が、全くの遠慮なしに、俺の口内を動き回る。
「ん……、ふっ……」
今まで経験したことないほどの興奮に、息をもれてしまう。
にぎやかなテレビの音はもう全く耳に入らず、唇のすき間から漏れる水音だけに、鼓膜が支配されているよう。
「……う、んん……」
全身が、キスの官能に支配されてしまったかのような感覚。
喘ぐほど息苦しくなり、俺はゆっくりと身をひいた。
夏生の目が俺を見ている。
それは下ろした前髪の隙間から時々見せていた、あの目だった。
目をそらした瞬間に食われてしまいそうな、捕食者の目に似ている。俺はその目から視線を外せなくなる。
見つめ合っていただけのはずが、再び唇が触れていた。
優しく噛み合い、すすり、唇の端から唾液が垂れるのも気にしないほど啄み合う。
ずっとこうしていてもいい、このままでいたい──
「ただいま!!」
一瞬で俺達の「空気」を霧散させてしまう声が、玄関から響いた。
抱き合っていた体を、俺達は秒で離す。
次の瞬間リビングの扉が開き、秋穂が帰宅したのだとわかった。
「あれ?まだ食べてなかったんだ」
テーブルの上に並んだままになっているチキンの袋を見て、秋穂が変な顔をする。
「まさか、俺が帰ってくるのを待ってたとか?……いや、ないな」
「……ケーキ食べてたんだよ」
妙な間があり、俺は背中に冷や汗をかいた。まさか、キッスしてましたーてへぺろ!なんて言えるわけがない。
「……何かしてた?」
剣道バカのくせに、なぜこういう時だけ敏いのだろう。
俺が返事できずに硬直していると、夏生が横から助け船を出した。
「秋穂、風呂入ってこいよ。みんな帰ってきたら、後がつかえるからさ」
「……夏生、まさか、おまえついに──」
いつもと違う夏生の雰囲気に、秋穂は確信したかのように驚いている。
「ただいま!」
ちょうど冬聖と春太が一緒に帰ってきて、俺達はそれ以上深く追求されることはなかった。
「早くチキン食べよー!腹減った!」
弟たちが全員集合すると、リビングはいつもの喧しさを取り戻す。
俺達は何もなかった顔をして、今年も楽しいクリスマスを過ごすのだった。
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