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第4話

 ともかく。  なんとか夕方まで時間を潰して、それから帰ってきた家の前。シーンとして誰かいるようには思えないけど、一応家の前から『もう帰っていい?』と連絡を入れてみると、『早く帰ってきて』という返信が来た。  それでほっとして鍵を開けて入ると、少しだけ違和感を覚えた。なんだろう。……靴の位置が変わってる? やっぱり誰か来ていたのか?  微妙に置き場所の変わってる靴に首を傾げ、それから中に向かって呼びかける。てっきり迎えに来るかと思ってたのに。 「東?」 『おかえりー! 西沢くん、こっちこっちー!』  まさかいないわけじゃないよな、と若干窺い気味の俺の声に、奥の方から東のでかい声が帰ってくる。妙に弾んだその声の調子にまた首を傾げた。  少しだけ遠い声の元は、俺の部屋か?  まさかエロい格好をした東がベッドで待っていて、プレゼントは俺、っていうやつか?  でもそれならこんな時間まで俺を放っておく意味がわからない。 「東? ここか?」  声を頼りに俺の部屋のドアを開けると、そこには確かに東がいた。いた、けど。 「じゃーん」  俺の予想は、当たってはいた。だけど全部じゃなかった。 「ハッピーバースデー西沢くん!」  満面の笑みの東がいたのはベッドの中だったけど、そのベッドがいつもの俺のものではなかった。もちろんマットでもない。 「……どーしたんだ、これ」 「西沢くんへのプレゼント。ちょっと奮発しちゃった」  部屋の真ん中にでんと鎮座しているベッドは、二人で寝ても平気なサイズ。見た感じ、ダブルよりも少しでかい気がする。  これが、誕生日プレゼント? 「最初はクィーンサイズにしようと思ってたんだけど、結構でかくてさぁ。部屋に入れるためにクレーンとかじゃないとダメだって言うんだよね。だからワイドダブルベッドにしてみました。ダブルよりちょっと大きいだけだけど、結構違うもんだよ。……ん、あれ、微妙だった? 嬉しくない?」 「いや、嬉しいよ。もちろん。けどさ」  ちょいちょいと手招きされて、戸惑いながらもベッドに腰を下ろす。柔らかなベッドは東みたいにゆったりと俺を受け止めた。  このサイズのベッドを買ったってことはつまり、ここを二人の寝室にするってことだよな?  そのこと自体はもちろん嬉しいし、そろそろもう一回寝室を一緒にしないかと俺から持ちかけようと思っていたぐらいだ。それを先回りして用意してくれた気持ちの通じ具合は、飛び上がるほどに嬉しくて自慢して回りたい。  だからそれはいいんだけど、気になることが一つ。 「……東はいいのか? これ見られたら言い訳できねーだろ?」 「ん? あ、そっか」 「気づかないで買ったのか?」  寝室を一緒にして、でかいベッドで毎日一緒に寝る。それは俺がずっと望んでいたものだから、俺はいい。  だけど、体面上あくまで俺たちはルームシェアをしている同居人で、俺たちが恋人同士だってことを知らない友達だって家に来るんだ。  その時にもしもこの寝室を見られたら、ただの同居人じゃないってのはすぐにバレるだろう。東がそれを気にしていたから、泣く泣く寝室を分けていたのに。  その可能性を思い当たらなかったわけはないだろうに、とぼけた返事をする東は、少し考えるように口を尖らせた。 「んー、でも西沢くんでっかいベッド欲しいって言ってたじゃん。あれ、言ってたよね? 一緒に住む前」 「言ったけど」 「だからそっちを優先したんだけど……そっかぁ。そうだね。どうやって言い訳しよう?」  どうやらこのベッドは俺が欲しい物として思いついたから買ったのであって、それ以外は深くは考えてなかったみたいだ。東らしいと言えば東らしいけど、……すごくバカだと思う。  男二人、ダブルベッドで寝てるとなったら、隠しようもないし誤魔化しようもない。それを、俺に言われてやっと思い当たるなんて、バカとしか言いようがない。 「お前、ばっかじゃねーの」  それを素直に口にしたら、ひどくにやけた口調になってしまったけれど、こればっかりは仕方がない。  本当に、なんて愛おしいバカだろうか。 「バカとはなんだよー。……んっ、なに、嬉しいならちゃんと嬉しいって言ってよ」 「サンキュー。すげぇ嬉しい。あと、お前マジ最高に可愛い」  飛び込むように東のもとに移動して、抱きしめるとともにキスを送る。  プレゼント自体ももちろん嬉しい。広いベッドはずっと欲しかったし、東自体も今さら言わなくても最高なのは知っている。  けれどなにより、東の気持ちが嬉しかったんだ。  見せびらかすわけではないし、積極的にカミングアウトするわけでもないけれど、せめてこの家の中だけは俺たちの関係が自然であっていいと言われたようで。俺の言葉を覚えててくれたっていうのもすごく嬉しかったし、それで東がどれだけ俺を好きでいてくれて、同時に俺も東をどれだけ好きかっていうのを気づかせてくれたから。  ……けど、そうか。  これを運び込むために時間が必要だったのか。確かにこれじゃあ俺が家にいるわけにはいかない。そしてそのためにはいくら疲れていても予定を変えるわけにはいかず……と考えると悪いことしたと今さら気づいた。昨日の夜はだいぶ頑張ってしまったから、寝不足だろうし体も辛かっただろうに。  けどまあ、俺だって不安でやったことだし、そこのところは流してもらおう。なんたって今日は俺の誕生日なのだから。 「それで? プレゼントはベッドオンリー? それとも、ここに乗ってるこの可愛いのもプレゼントか?」  一通りの感謝の後は、もらったプレゼントを楽しむ時間。  今大切なのは、抱きしめたこの体がプレゼントかそうじゃないかってこと。  上半身がいい感じになにも着ていないってのは見てわかるとおりだけど、背中に回した手を下へとずらしていけばなににも当たらず、とても美味しそうな状態なわけで。  これがプレゼントじゃないんだったらちょっと抗議しなきゃいけない。 「へへー」  でも、その心配はなさそうだ。  褒められたことが嬉しかったのか、それともサプライズが上手くいったことが嬉しいのか、たぶんそのどちらの意味も込めた笑顔を作って、東はちゅうっと俺に唇をくっつけて可愛らしいキスを送ってきた。  見てみろ、この女子社員の憧れの男の、どんな女子よりカワイイ笑顔とキスを。 「もちろん、ベッドごと俺もプレゼント。明日一日ずーっといちゃいちゃしよ」  これが俺の自慢の恋人で、輝かしい新生活の象徴たるプレゼント。  昨日までのシングルサイズのベッドとは比べ物にならないゆったりとした柔らかさで俺たち二人分の体重を受け止める新品のベッドは、激しい運動にも十分耐えられそう。 「それとも昨日たっぷりしたからいらない?」 「ジョーダン。せっかくもらったプレゼントを楽しまないでどうする」 「じゃ、改めまして誕生日おめでとう。……でも、これから一緒のベッドなんだから、程々にね?」 「おう。頑張って体力つけような。で、残業も程々にして切り上げて、なるべく早く家に帰るってことで」 「え、そういう程々?」 「他になにか? 大事にするよ?」 「うーん……大事にしてくれるなら、まあいっか」  意図的にずらした話にも簡単に納得して、東はにこにこと俺からのキスを受け入れた。こういう切り替えの早さがこいつのいいところだと思う。  そうやって、土曜日の夜から続いて日曜日も贅沢に使ってプレゼントを存分に堪能したわけだけど。  なんて素晴らしきかな新生活。  そして、なんと恐ろしきかな新生活。  当然のように一緒に寝られるという環境の危うさに気づいたのは、次の週の日曜日のこと。  ベッドを変えてから毎日楽しんでいるというのに、それでも飽きたらず再び一日中ベッドから出ずに終わってしまったその日を振り返り、俺たちは来週こそ絶対に普通のデートをしようと心に決めたのだった。

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