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序章

 その世界が誕生してから約46億年、地上に生きとし生けるものが生まれてから、およそ600万年の時間が経過してもなお、その世界には名前が無かった。  この世は、現在では大きく分けて、所謂人間や亜人と呼ばれる「ヒト」と、邪な魔力を持つ「魔物」で成り立っている。  前者は善神から創られ、後者は善神を裏切り反旗を翻した、弟神である邪神によって創り出されたと言われている。  かつて、双方の神は長きに互いに争い続け、いつしか神たちは物質界への干渉する力を失い、彼らの子である「ヒト」と「魔物」と、僅かな家畜だけが、この世界に取り残されたと言うのが、子供でも知っているこの世界の創世の話だ。  太陽暦3021年。  最北の大地、ラインチェスカ帝国。  夏季にあたる期間以外は、雪と氷に閉ざされた鎖国となるこの国に、今一人の男の赤子が誕生した。  赤子の名前をケント・デュルクハイム。  デュルクハイム家は、有能な聖騎士を代々輩出する名門であり、現在は父親であるアシュレイ・デュルクハイムが当主を務めている。  本来ならばおめでたい事である筈だが、妻であるイザベラから取り上げられた赤子を見て、居合わせた面々は顔を蒼白にした。  その赤子が、持って生まれるはずのない、あり得ない色を持って生まれてきたからだ。 「イザベラ、君は……」  鮮やかな金髪の、ガタイの良い長身の美丈夫であるアシュレイ、が険しい顔で、妻であるイザベラを非難しはじめる。  イザベラも、アシュレイも髪は金色で、イザベラは淡い青、アシュレイは緑の目をしている。  しかし、後にケントと名付けられる赤子の色は、髪は黒に近い焦げ茶色、瞳は血のような赤色をしていた。  また、両親が白皙の肌をしているにも関わらず、ケントの肌は明らかに浅黒かったのも、大問題だった。 「違います! あなた!わたくしは、不義など犯してはいません!」  色素の薄い色と濃い色だと、子供に引き継がれるのは濃い色の方になるのが一般的だ。  そして、両親にない色が生まれてくる事例は、今まで存在していない。  となれば、両親に見受けられない色があるという事は、誰か他にこの色を持つ存在がいて、その色が引き継がれたという事だ。  つまり、妻であるイザベラが、他の男と密通し、子を孕み、生んだと言う話になる。  イザベラは、懸命に身の潔白を叫んだが、目の前の赤子の存在が、彼女の罪を示している以上は、誰も彼女を信じる者は居なかった。

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