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第3話

 あれから一ヶ月の時が経った。無事に遠山さまの依頼も終わり、俺の頭とお尻にあった犬耳も消え、平和な日常が戻ってきた。  そのはずなのだけれど、最近の博士の俺に対する態度がつめたい。 「ということで、どう思います遠山さま」 「興味がなくなったんじゃないのか?」  遠山さまと連絡先を交換し、定期的にこうやって会っては恋愛相談にのってもらっている。博士の昔を知っている珍しい人物だ。仲良くなっておいて損はない。 「まあな、あいつのことだ。獣耳の生えたお前を研究対象として好きだったんじゃないのか?」 「その可能性が大きいですよね……」  あの変人博士のことだ、研究対象としてみていたなら今、つめたくされている理由にもなる。 「目をそらされ、食事も一緒にしてくれない、触ろうとすれば飛び跳ねて、すぐ逃げる……もうどうしたら」 「…………奈留くん。ひとつ提案なのだが」 「なんでしょう?」 「苑はやめて俺にしないか?」 「……………………………………は?」  聞き間違えかと思った。けれど、遠山さまの顔は真剣そのものだった。 「俺は大企業の社長だし」 「あ、そうなんですか」 「ハウスキーパーが家にいるから家事もしなくていい」 「暇そうですね」 「いつだって豪華な食事が食べられる」 「あ、それは魅力的です」 「……どうだろうか? 俺にしないか?」  只者ではないと思っていたけれど、社長だったなんて初耳だし、ハウスキーパーのいる家に住むようになったら俺は数ヶ月でナマケモノになってしまうだろう。けれど、豪華な食事は少し気にはなる。どういうメニューがあるのか、どんな食材を使っているのか、見て食べて、自分でも作ってみたいと思うけれど––––––––…………。  今の正直な答えを言おうとしたその時、後ろから誰かに頭を抱き抱えられた。 「だめだめだめだめ! 奈留くんは僕のなんだからね!」 「博士……!?」  息を乱した博士の姿がそこにあった。博士が外に出るなんて珍しいことに、俺が驚いていると遠山さまは大きな声で笑いはじめた。 「奈留くんをくれるなら、苑に一億やろう」 「だめですぅー! いくら積まれても奈留くんはあげません」 「……だそうだよ。安心したかな、奈留くん」  ひとしきり笑ってから息を整えた遠山さまは、爽やかに微笑んだ。ちょっとだけその表情にときめいてしまう。イケメンとは罪な生き物だ。 「ちょ、奈留くんなに見ほれてるの! だめだからね、ダメ!」 「心配しなくても俺が好きなのは、博士ですよ」  奈留くん! と抱きついてくる博士に公共の場だからいい加減にしろと叱る。 「……フラれてしまったね」 「すみません。豪華な料理は魅力的なんですが、遠山さまも変人ですし……ちょっと」  なにせ博士にあの薬を依頼した人物だ。そんな変人にどんだけ金があろうとイケメンだろうとお断りである。 「……苑も変人だと思うが?」 「たしかに変人です。でも遠山さま、恋愛っていうものは惚れたら負けなんですよ……」 「なるほどな」  奈留くんが男前すぎる! と悶えている博士をジッとみつめた。  惚れてしまったら最後。どんなに変な性癖があろうと、とことん甘くなってしまうし、許してしまう。厄介な病である。  それから遠山さまと別れたあと博士を引っ張るように連れ出し家へと帰ってきた。帰ってくるなり博士は、玄関先で俺を押し倒してきた。なんだろうこのデジャヴ感。 「奈留くん。僕は今喜びという言葉でいっぱいになっている。この感情をどう君に伝えたらいいかわからない。けれど、溢れてとまりそうにもないんだ」 「……博士。感情を俺に伝える前にひとついいですか?」 「……なんだい、止まれないと言っただろう」  博士の手が俺の服の中へと侵入していく。それを俺は掴んで阻止した。家を出ない運動もしない博士の細い腕を止めることなど簡単だった。 「博士、なんで俺を避けてたんですか?」 「…………奈留くん。今日はやめよう、明日にしようか。すまないがこの手を離してくれ」 「なんで避けたんですか」  逃げようとする博士に、逃がさない俺。しばらく見つめあうと、博士はそっぽを向いて小さく呟いた。 「…………なんだよ」 「え?」 「……だから! 初恋だったんだよ。僕は今まで薬品にしか興味がなかったんだ。生きたモノを……人を好きになったのは、奈留くんが初めてなんだ」 「そう……だったんですか。俺が初恋」  博士の顔が真っ赤になるのにつられて自分の顔が熱くなるのを感じる。まさか成人したいい大人が、初恋もまだだったとは思わなかった。 「だから、君にどう接していいかわからなくなった。傷つけていたのなら、すまない」  真っ赤にした顔を隠しながらそういう博士がなんだかとても愛おしいと思った。掴んでいた彼の手を引っ張り、その手に唇をおとす。 「ありがとうございます。博士の初恋が俺だなんて、嬉しいです」 「奈留くん……なんて君は、こんなにも愛らしいんだろうか」 「俺も、博士のこと……」  博士と俺の唇が重なる距離、およそ一センチ。突如、着信音が鳴り響いた。 「はい、もしもし……!」  とっちゃうんだ。もう少しで甘いひとときが過ごせたというのに、邪魔してきた電話を博士はとっちゃうんだ。信じられないような物をみるような目で見つめているけれど、彼は俺に気にもとめず電話に夢中になってしまう。 「……なんだと!?とても興味深い。ぜひとも開発に携われせてくれ!」  あっ、これもう甘いイチャイチャはない方向に進んでる。  俺は電話の相手を心底恨んだ。 「奈留くん! 僕はしばらく地下にこもるよ!」  恋人を見る目から助手を見る目に変わった博士に俺は一息つくと笑顔を作って見せた。 「わかりました。家のことは任せてください」 「ありがとう!」  足早に地下へと向かう博士の背中を見ながら俺はその場に座り込んで膝を抱えた。 「……博士のバカ」  この恨み言が博士へと届くことはない。  

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