54 / 60

5ー4

別に、何か考えがあったわけではない。 馨の元へ急いでいる間、頭の中に由貴の顔が浮かんでは消えていく。 目的の場所へは、もうすぐ。 馨の家の前に止まっている黒い車が見えた。 間に合った。 そう安心したのもつかの間、その車の後部座席に馨が乗り込む姿が見えた。 僕は走った。 走って。 走った。 だが、馨が乗り込んだ車は動き始めた。 駄目か。 諦めようとした。 が。 しかし、車は僕の方に向かって進んでくる。 真っ直ぐ、僕の方へ進んでくる車。 考える間もなく、体が動いた。 運転している男性の、驚いた顔が見える。 後部座席に座っている馨の顔は見えない。 もはや見る必要も、なかった。 鋭いブレーキ音が響く。 -最後に思い出したのは、僕を親友だと信じていた頃の、由貴の笑顔だった。

ともだちにシェアしよう!