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第1話

 1.  開店時刻の一時間前、いつもは買い物客で賑わうビルの中は人気がなくひっそりとしている。従業員専用の明かりが落とされた薄暗い通路を抜け、向井由幸(むかいよしゆき)は勤務先である書店へ続く扉を開けた。  駅の近くにあるビルの四階、そのワンフロアのほとんどの面積を書店が占めている。この辺りで本屋といえば、由幸が勤めているこの店舗のことを指す。  雑誌売り場、書籍売り場、実用書売り場、児童書売り場、様々なジャンルの売り場を抜け、由幸がたどり着いたのはコミック売り場。最近は電子書籍を利用する人達も増えたが、やはり紙でないと、という読者も多い。  売り上げの大きいジャンルは雑誌。特に週刊の少年漫画誌は発売日に即日完売する事も珍しくない。  由幸の店舗では雑誌の次に売れるジャンルがコミックだ。店の半分近くの棚にコミックがずらりと差されている。  そのコミック売り場の担当が由幸だった。  今日は月末の水曜日。昨日遅番勤務だった由幸は閉店後に平台を空けておいた。  レジの周りに積まれているのは本日発売の雑誌の束。水曜日は少年漫画誌と青年漫画誌が発売する。そして月末の今日は、付録付きの女性誌がいくつも出る上にコミックの発売日も重なっていた。  雑誌の束はちょっとした小山のようになっていて、その中から由幸はコミックが梱包されている束を選り分けた。今日の新刊は少女漫画がほとんどだ。コミックは雑誌扱いになるため、雑誌と共に梱包される。  ポンポンポン、とコミックの束を台車に積み、由幸はバックヤードへと向かった。  雑誌やコミックの束は段ボールなどに入れられてはおらず、透明なビニールと固いバンドで簡易的に梱包されて届けられる。カッターでバンドを切りビニールをむしり破ると立ち読み防止のため、シュリンクをかける。  シュリンクとはよくコミックにかけられているビニールフィルムの事だ。昔は手作業で行っていたこのビニールがけだが、最近は機械で行う店舗の方が多い。  取りあえず各種五冊ずつシュリンクをかけ、由幸は再び台車を押しコミック売り場に戻った。 「おはようございます」  売り場には社員が一人、パートの主婦が二人出勤しており、雑誌の束を次々に開けていた。  パートやアルバイトの従業員の出勤時刻はいつもならもう三十分後だ。今日の早番は由幸達社員が二人、アルバイトが五人、その中でもこの主婦のパートさん達は入荷の多い日には何だかんだ言いながら他のアルバイト達より早く出勤してくれる。 「早くに来てもらってすいません」 「ほんとに!何でどれもこれも付録つけるのかしらね!全く!」  パートさん達は文句を言いつつも、次々と雑誌に付録をセットし紐をかけていく。平台に並べられる時には雑誌のページの合間や裏表紙に当たり前にセットされて積まれているが、入荷時点で雑誌と付録は別になっているのだ。それを店員が一冊ずつ紐がけして売り場に出さなければならない。 「向井さんはいいから、さっさとコミック並べちゃいなよ!」 「こっち終わったらシュリンク手伝うから!」 「あ、すいません」  紐がけ作業で殺気立っているパートさん達に頭を下げ、由幸はコミック売り場へと戻った。  昨日由幸は遅番で、退勤前に新刊コーナーの平台と棚を空けて帰った。朝の出勤後にそれをしている余裕はないのだ。雑誌コーナーも同じく、昨夜のうちに平台のスペースを空けられている。  新刊のコミックを各五冊ずつ、出版社ごとに並べて平台を埋める。入荷冊数が少ないものは棚に表紙を見せるように置く。 「よし、できた」  少女漫画の新刊コーナーを完成させ、由幸は次のジャンルの新刊コーナーへと台車を押した。

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