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第2話
書店の仕事は肉体労働だ。
書籍の新刊がぎゅう詰めになった段ボールは殺人級に重たいし、本のストックは書棚の下の抽斗にしまわれているため、立ったりしゃがんだりの動作も多い。下手な動き方をすると腰を痛めてしまう事もある。
由幸は大学生の時にアルバイトでこの書店に入った。
理由は家から近いから。時給は最低賃金と同じ額で、もっと割りのいいバイトなんか腐るほどあった。しかし書店の実状を知らなかった由幸は、本屋のバイトって楽そうでいいな、という軽い気持ちで面接を受けたのだ。
バイトの初日は帰宅したとたんベッドに倒れ込む羽目になった。段ボールや雑誌の束は重く、腕は筋肉痛。生まれて初めての腰痛も経験した。
一ヶ月したら辞めてやろうと思いバイトに通った。
しかしバイト先の人達は皆面倒見がよく、人には恵まれていた。そのため、一カ月したらが長期休みになったらに代わり、後半年したら、新年度になったら──とずるずると続ける事となり、結局大学四年目の年、特に目指す職種もなかった由幸は社員に誘われるまま書店に就職したのだった。
開店前はてんてこ舞いするほどに忙しかった店内だが、いざ開店すれば穏やかな時間が流れ出す。開店早々来店する客は少ない。
電車の線路を挟んで南に住宅街、北にオフィス街が存在するこの駅。開店直後の客層はこのビルに買い物に来たついでにやってくる客か、オフィス街を更に進んだところにある大学の学生、近くの予備校の生徒くらいだ。
昼にはサラリーマンやOL達がランチのついでに立ち寄るため、少しだけ混雑する。その時間を過ぎれば店内は再びまったりとした雰囲気になる。
この店舗が人で賑わい始めるのはやはり夕方以降だ。帰宅途中の学生や社会人で閉店時刻まで客足は絶えない。
夕方五時を過ぎ客の数が増えてきた頃、由幸はちらちらと、あるジャンルの売り場を何度も確認していた。
新刊コミックが発売されるその日、コミック売り場に一際異彩を放つ客がやってくる。異彩を放つと言っても、見た目はまあ普通の男子高校生だ。
しかし彼が足繁く通う、そのジャンルの売り場ではどうしても制服姿の男子は目立つ。コミック売り場の奥の、更に一番奥の方に展開されているそのジャンル。この辺りでは、品揃え、売り場面積共にこの店舗に敵う書店はないと出版社の営業達は口を揃えてそう言う。
『BL』、つまりボーイズラブのコーナーで、その男子高校生の制服はあまりにと不似合いだ、と由幸は思った。
その男子高校生はいつの間にかBLコーナーの常連客になっていた。
すらりとスタイルが良く綺麗な顔をしており、数駅離れたところにあるそこそこ頭のいい子が通う高校の制服を着ている。メジャーなアウトドアブランドの黒い大きなリュックをいつも背負って、多分学校帰りに現れる。
書店に入ると脇目もふらずBLジャンルに直行、そして新刊をチェックする。 買う本はいつも来店時にはすでに決まっているらしく、新刊コーナーから目当ての本をさっさと手に取るとその後他の新刊をチェックし始める。
気になる物は表紙と裏表紙を交互に穴が開くほど見つめ、その中で彼の眼鏡にかなう物があれば手に持つ冊数が増える。その後はフェアの既刊本をゆっくりと見てまわる。
そしてBLコミックの平台と棚を気がすむまで吟味した後は、BLコミック棚の裏に展開されているBL小説の売り場へ足を向ける。小説の方はついでといった感じで流し見程度で終了する。
しかしお気に入りの作家の発売日はやはりBL小説の新刊コーナーへ直行し、目当ての本をすぐさま手に取っている。
なぜ由幸がこんなにも彼の行動を把握しているのかというと、やはりどうしてもそのコーナーで彼の姿が目立ち過ぎるからだ。
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