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第1話

「うるせぇんだよ!」  目の前の奴の腹を蹴って、隣の奴の顔を殴る。横にいた奴が殴りかかってきたので躱して殴る。手には痛みがあるが、何も考えなくて良い。反射的に相手を殴り、蹴る。気に入らない奴らは全て、力で捩じ伏せればいい。 「……ッ、く、そ……」  痛みで沈んだのを眺めて、溜息を吐く。つまらねぇなぁ。  初めて人を殴ったのは幼稚園の時だ。お前、この幼稚園の理事長の息子なんだろ?って、声を掛けてきた奴だ。この幼稚園に入ってやったんだから、礼くらい言えとか言ってきたので殴った。勝手に入ってきた癖に何言ってんだ、馬鹿か?と言って。勿論、俺の勝利だ。其奴は両親に泣きついたが、俺の父親は「幼児の喧嘩に出て行くほど、私は暇じゃないので」と言って一切相手にしなかった。それから、「一発殴られて泣いてしまうような軟弱さでは。やり返すくらいの気持ちでいないと。金の力が全てだと思っていてはダメですよ」なんて言い出したので俺はやり返された。その後、俺もやり返して、やり返されるという繰り返しだった。  高校生の今も尚、顔を合わせればそんな関係だ。 「アキラ様、おかえりなさいませ」  帰宅すると、父さんの秘書に玄関で出迎えられた。今日もあっけない勝利だったが、気は少しも晴れていない。目を床に落としたまま口を開く。 「なに、また父さん?今度は何」 「はい。明日のパーティーに参加するようにと」  最近、やたら参加しろとしつこい。俺はそういう華やかな場所は大嫌いだ。 「またかよ。見栄と嘘を披露するだけだろ。行かねぇ」  男の横を通り過ぎようとすると、肩を掴まれた。 「そうですか。それでは、ヒナタ様からのご伝言です。これは前回サボった仕置だ、と」 「あー!くそ。めんどくせぇ。で?誰の何のパーティーだ」 「紫月(しづき)光瑠(ひかる)様の誕生日パーティーでございます。アキラ様には前回サボった罰としまして、明日が終わるまでヒカル様の奴隷として参加して頂くことになります」 「は!奴隷?」 「はい。打ち合わせは今晩、ヒカル様と19時に。格好を整えますので、アキラ様はシャワーを浴びて下さい」 「……っくそう」  俺は父さんにだけは敵わない。少しでも反撃したら、何万倍にもなって返ってくる。前回のパーティーをサボった時の制裁も凄かった。  自室に戻って一眠りしたかったが、脱衣所に直行した。 「見違えましたよ」  風呂から上がるとシワひとつない服を着せられて、髪も整えられた。寝癖の残った姿に比べたら、マシにはなったんだろう。が、俺には広海の名なんてどうでもいい。 「……あ、そ」  というかここはどこなんだ。何処に行くとも言わず、車で連れてこられただけだ。 「それでは行きましょうか」 「……は?この店?」 「はい。ヒカルさまのご意向で」  クラスの女子が騒いでたな。予約が全然取れない店だった筈。そこでなんで俺なんかと食事をしたがるんだか。 「やぁ、広海(ひろうみ)(あきら)君だね。来てくれてありがとう」 「……」  言葉を失った。この男は両腕を広げて敵意がないアピールも、柔らかな笑みを見せるのも慣れている。俺はたったこれだけで、敗北感を与えられた。 「さ、どうぞ座って」  俺は女じゃない、なんて口にしたところで適当にあしらわれるだけだ。男に従うしかない。 「さて、初めまして。輝君。俺は紫月光瑠だ。明日、誕生日パーティーをするんだけどね。実際の誕生日は今日なんだ。広海さんには前回の約束を反故にされたから、心配していたんだけど。輝君が来てくれて良かったよ」  実際の誕生日に俺と、この店で食事を……?意味がわからない。なんで初対面の俺なんかと。そもそも、約束って……。 「とりあえず食事を始めようか。君の好きな料理は調査済みだよ」  なんで俺の好きな料理を……、と、思ったが実際出てくる料理はどれも美味しかった。  けど、俺が祝う方だろ?普通。まるで俺が誕生日みたいだ。 「ふふ、どうしてって顔をしている。君は多分、覚えていないだろうけど。以前のパーティーで会っているんだ。まぁ、会っているというほど大袈裟なものでもないんだけど。気分を悪くして、夜風に当たっていたのを覚えているかな。君は熱があって、怠さから壁にもたれていた」  そういえば、そんなことがあったような。 「その時に君を助けたのが俺なんだ。真っ赤な顔をしてぐったりとしていたからね。大丈夫か、と声を掛けて。とは言っても、君は朦朧としていたから覚えていないだろうけど。とにかくその時、俺は君に心を奪われた」 「…………は?」  唐突だった。とにかく、という言葉の続きとしてどうなんだと思うくらいぶっ飛んだ内容だった。 「最初見た時、何処のお姫様が眠っているのかと思った。実際熱があったわけだけど、気怠げな様子がとにかく綺麗で。まぁ、一歩ずつ近付いて顔が赤いことに気がついたわけだけど」 「……あの、姫って……俺男ですけど」 「うん、それもすぐ分かった。でも、もう君を欲しいと思った後だったからね。まぁ、良いかなと」  ちょっと待て、この人何言ってんだ。それ、まぁ良いか。って流せる内容か? 「それで君にまた会いたくなって、広海さんに近付いたんだ。そういえば、息子さんの具合はいかがでしょうか?って。ぁあ、俺が君の家まで送り届けたんだよ。その話をしたら、丁寧に頭を下げて感謝をしてくれてね。これ幸いと、君にまた会わせて欲しいとお願いしたんだ。そうしたら、次のパーティーで会わせてくれると約束をね。してくれたんだけど、君は来なかった」  それでか……!それであの制裁か。 「どうして来てくれなかったのか、聞いても良いかな」 「……熱出す前からもパーティーには行きたくなかったんだけど、熱出したら余計に嫌になったんだよ。あの時の吐き気と寒気と頭痛を思い出すから」 「ぁあ……、ぶるぶる震えていたね。成る程、あの時の記憶が蘇るんだね。可哀想に」  優しい瞳が俺を見つめてきたあと、頭を撫でてきた。 「それじゃあ、仕方ないか。それにどうやら俺のことは聞いていなかったようだし。別に俺が嫌で逃げたわけじゃないんだね?」 「ん、別にあんたのことは嫌なわけじゃない」 「……ほんと、君は。……可愛いね」  指先が頬に触れてくる。こういう風にベタベタ触られるのは嫌な筈なのに。全然嫌悪感がわいてこない。それどころか、もっと触れていて欲しいとか。思ってしまう。 「あの日のことはあまり覚えてないんだ。けど、寒くて寒くて凍え死ぬかと思ったら、何か凄くあったかいもんに包まれて、凄く気持ちが良かったのは覚えてる。指先まであったまってゆっくり眠ることが出来た」 「……もしかしたら、俺が抱きしめた時かもしれないね。君の家に向かう車の中でね。主催者に毛布は借りたんだけど、熱の所為か寒い寒いと震えていた君を抱きしめたんだ。そうしたら震えがおさまってすやすやと眠り始めたんだ。可愛かったなぁ。ぁあ、いや、君は今も凄く可愛いよ」  いやいや、なんでそれ付け足すんだ。でも、あのあったかいものはこの男だったのか。 「それじゃあ、明日のパーティーも参加するのも辛い?」  目の前の男の誕生日パーティーの件を、本人に対して嫌だというのはなぁ。美味い食事に付き合わされて、それはそれと言うのも。 「……あんたの誕生日パーティーなんだろ。助けてもらったらしいし、出るよ」 「本当?ありがとう、輝君。それから、広海さんに君が欲しいことも伝えたんだ。ストレス発散に人を殴る趣味が出来たようだが、それで良ければと」  やっぱりバレてたか。見えるところに傷はつくらねぇのに、昔から把握されている。 「人を殴るって本当?」 「……まぁ」  父さんから話を聞いているのなら、否定したって仕方ないので適当に頷いておく。そんな乱暴ならやっぱり君なんかいらないって言うかもしれないが、何となく嘘を吐きたくなかった。 「そんなにストレスがあるのか。たしかに輝君は軽かったね。もっとたくさん食べさせたくなるくらい。ぁあ、夕食を一緒に食べられたら満足するかもなんて思っていたけれど……こうして話していると、もっと君のことを知りたくなる。今までどう過ごしていたのか、とか——いや、それだけじゃなくて。君のことを他にもたくさん知りたくなった」  視線を合わせたまま男は甘い言葉を紡ぐ。どうやら俺はこの男に口説かれているらしい。そう分かっているのに視線をそらせずに男の言葉をただ、聞いていた。 「ねぇ、輝君。明日のパーティーが終わるまでの時間、俺と過ごしてくれないかな」 「パーティーが終わるまで?」 「そう。勿論、押し倒したりはしないから安心して」 「おしたお……」  口説かれるってことはそこまで入っているのか、と呆然とした。そんな俺を楽しそうに見ているのに気がついて、頬が熱くなった。こんな言葉一つで狼狽えたら経験がないのがバレバレだ。動揺した自分に悔しくなって、分かったと頷いた。キスすら経験のない俺は別に押し倒されたって良い、とは言えなかった。  そういえば、明日が終わるまで俺はこの人の奴隷だと言われてたんだっけ、と気付いたのは男の車に乗った後だった。

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