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第2話
「うわ、広……」
「ふふ、目をまん丸にして可愛いね。隣の部屋とかも見て来る?」
「う……、」
はしゃいでいたことに気付かされて、大人しくソファーに座る。
「そんなに借りてきた猫みたいに大人しくならなくて良いのに。本当は家に連れ帰りたかったんだけど。流石にドン引きかなと思って、ホテルを取ったんだ」
五つ星ホテルのスウィートルームを、自分の誕生日に取るなんて本当にこの人は変だ。どうかしている。俺なんかより、余程ほかに良い人がいるだろうに。
ホテルに足を踏み入れた瞬間、紫月様お待ちしておりましたとホテルマンが近づいてきてそのままエレベーターに通された。名前を言うことも、チェックイン手続きをすることもなくいきなり部屋に来た。
俺は今までパーティーなんか殆ど参加してこなかったし、親しい友人も特にいないので、名前だけでどんな家の人間か分かるわけじゃない。俺の学校に通う人間の多くは、家同士の付き合いがあって名前だけでどんな人間か、どんな家族構成かすらも分かっている。俺は今までほんの少しも興味がなかった。だから、紫月という名前にどれほどの権力があるのか、全く分からない。
隣に座った男の顔を眺めて、俺はこの男のことを何一つ知らないのだと気付かされた。
「どうしたの。そんなに見つめられると、キスくらいはしちゃおうかなって気になるんだけど」
「……な、……」
慌てて顔をそらすと、男は軽く笑い声を上げた。俺をからかって遊んでいるだけらしい。と、頭に手が乗せられてそのまま撫でられる。
「本当に、君は可愛いね。可愛くて、もっと色んな顔を見たくなる。笑わせてみたいし、怒らせてもみたい。泣いた顔も見てみたいし、……今は拗ねた顔が見れた」
俺はこの男の掌でコロコロと転がっているだけなのかもしれない。観念して顔を上げると、男は優しい顔をしていた。まるで、本当に俺を可愛いとでも思っているように。
「……可愛い、って俺は男なのに」
「男の子に可愛いと思うのはいけないのかな。それに可愛いものは、可愛いんだよ」
よく分からない理屈を返された。
「ずっと可愛げがないって言われ続けたし」
「確かに、輝君は素直じゃないよね。さっきも、他の部屋がどうなってるか気にしてた癖に、このソファーに座ったね。全然興味なんてありません、って澄ました顔をして。もっとはしゃいでくれたら良いのに、と思ったのは事実だよ。どんな部屋が良いかな、君は喜んでくれるだろうか、とドキドキしていたから、もっと嬉しそうな顔であちこち見て楽しそうにしてくれたのなら、俺も凄く嬉しかった。やっぱりこの部屋は気に入らなかったかな、他のところにしたら良かっただろうか。否、俺の家にした方が良かっただろうか、と色々考えたのも事実」
「だって子どもっぽいかな、って……。子ども過ぎて、呆れられたらって思ったんだ。だって、熱あってぐったりした俺しか知らないだろ。実際、中身が……こんなんでやっぱり無いなって思われたくなくて」
ぁあ、こんなことを言ったら余計に呆れられそうだ。
「呆れるなんて、まさか。俺は君にどんどん惹かれているのに。それに、よく見ていたら分かったよ。君、ちらちらと周りに視線を動かしていて。全然興味なんてありませんって澄ました顔をしているのに、実は興味津々なんだって。ぁあ、君はただ素直じゃないだけらしいと、分かった。後で、俺が連れて行ってあげたらきっと君はまた、目を丸くして感動してくれるんだろうなと。そうしたら、もう少し焦らしてみるのも楽しいかもしれないと思って」
「…………う、」
バレてた。気付かれていた。やっぱり俺はこの男の掌で転げ回っているだけらしい。
「それより、つまり君は俺に好かれているのが嫌なわけじゃないんだね?」
「嫌だったら、こんなとこに来ない」
「うん。本当に可愛い」
男の指がそっと俺の頬を撫でる。
「押し倒さないなんて言ったのを後悔するくらいには、君が凄く可愛い」
それはつまり、今押し倒したいってことかと動揺した。その僅かな隙を狙って、男の手に顎を固定されてキスをされた。
意外と唇って柔らかい。そんなことしか考えられない。口説かれるのもキスをしたのも初めてで、頭の中は真っ白だ。なのに、驚いている内に男の舌が入ってきた。どうしたら良いのか分からない俺の頭の中はパニックだ。呼吸を止めて、されるがままだ。
息が続かなくて限界を感じた時、一気に空気が入ってきた。
「……普通に息をして良いんだよ。ほら、やってみて」
そんな声が届いたかと思うと再び口が塞がれる。やってみてと言われても、と思うのに苦しくて言われた通りにする。
「……ん、……っふ……」
鼻に抜けるのは空気だけじゃなかった。軽く声が漏れている。呼吸だけで精一杯で、侵入してきた舌にされるがままだ。
頭を撫でられ、背を撫でられる。男の腕の中にいるのだと、包まれた感覚で分かる。キスが気持ちいいなんて、知らなかった。
「ぁあ、可愛いなぁ。もっとこっちにおいで」
引き寄せられて、男の膝の上に乗せられる。想像していたよりもずっと近い距離だ。
「……はは、もっとキスして欲しいって顔をしてるね」
男の笑いを含んだ声に、ハッと我にかえった。離れようと男の硬い胸に触れる。
「待って、恥ずかしくても我慢して。もう少しこうして君を抱きしめさせて」
強い力で背を抱かれて、逃げられない。
「キスが好きだなんて思わなかった。それに、輝君。自分で、気付いてる?」
腰を抱き寄せられた。その瞬間、全身に快楽が広がった。違う、全身というか。
勃起したペニスを男に押し当てているのだ。慌てて腰を引こうとするのに、ビクともしない。
「キスで感じちゃったんだね」
腰に触れていた手の力が緩んだので、その隙にと腰を引いた。けれど、それは男の思惑通りだったらしい。すぐに手が伸びてきて、ズボンの上からでも分かるくらい盛り上がったペニスに触れられた。
「な、ん……押し倒さないって……」
「うん、だから押し倒してないでしょ。俺は輝君を抱っこしてるだけ」
確かに、俺は男の膝の上にいるだけだ。けど、それってそういうことなのか?
「手を出さないとは、言ってないからね。それに、輝君、俺に触られるの嫌じゃないよね?」
頭を撫でられて、素直に頷く。その通りだ。だって撫でてもらうのも抱きしめられるのも初めてで知らなかったけど、気持ちいい。キスも少しも嫌じゃなかった。
否、正直に言えば俺は全てを曝け出しても良いとすら思っている。甘やかすように触れてくる男に俺はすっかり落とされた。
「もっとキスしてあげるから、ここ、ちゃんと触っても良い?」
もっとキスしたい、と思ってしまった。それに、ズボン越しはもどかしいからちゃんと、触って欲しい、とも。今日会ったばかりの人に、いきなり好きだと言われて舞い上がっているのか。ホテルの部屋にまで付いてきて、そういうこと、期待していたんだろうか。
上も下も全部脱がされて、俺は男の膝の上でされるがまま。首も、乳首も、脇腹も、肘も、臍も、内腿も、膝も、足首も、指も、撫でられて舐められた。
「はい、じゃあ、次は後ろ」
くるり、と部屋が回ったのではなくて俺が回転したのだ。ちゅう、と首にキスをされてそのまま舌が背骨を真っ直ぐに下りて行く。
後ろから抱きしめられているので、逃げようがない。途中、肩甲骨とか腰に移動しながら、最後に尾骶骨に唇が触れた。舐められている最中も、指は俺の乳首を摘んたり擦り上げられた。
「も、無理……」
恥ずかしさと快楽でおかしくなりそうだ。初めてのキスからの、これは……刺激が強すぎる。
「ぁあ、ごめん。つい夢中になっちゃった。ごめんね、今イかせてあげるからね」
額に唇が触れて、頭を撫でられる。
「それじゃあ、キスをしようか。こっちも、ちゃんと扱いてあげるね」
掌に包まれて腰が蕩けるかと思うくらいの気持ち良さに、全身が震えた。つまり、それくらい呆気なく俺はイってしまったのだ。
「ごめんね、ごめん。俺が調子に乗りすぎた」
宥められるようにキスをされる。恥ずかしくて、逃げようとしたのにやっぱり掴まれて逃げられなかった。
「だって、輝君凄く可愛いからつい」
その言葉に思わず睨み付けると、ごめんと再び謝られた。
「それじゃあ、お詫びにお風呂に入れてあげよう」
「っは!?」
なんでお詫びがお風呂なんだ。
「ほら、汗もたくさんかいたし、お腹もベタベタ」
「……う、」
はい、じゃあ、行こうかなんて言葉とともに体がふわりと浮いた——のではなく、抱き上げられた。
「っは!?」
「ちゃんと、綺麗にあらってあげるからね」
にっこりと笑いかけられた俺は、まだ掌でコロコロと転がっているのだろうと思った。
広ーい、広ーい、浴室で俺は男の膝の上でまたもやイかされた。洗っているだけだ、なんて笑う男に翻弄させられた。
「はい、それじゃあ、足を洗うから立ち上がって」
なんて言われて立たされたら、泡のついた手で内腿を洗われた。乳首も微妙に焦らされながら洗われた直後、触れるか触れないかみたいに焦らされたら、勃つ。
「っあ、そこは……」
「ちゃんとお尻も洗わないとね」
泡まみれの指が前と尻を行ったり来たりする。
「も、充分……」
ゾクゾクしたものが全身を駆け上がる。まさか尻を撫でられるだけで気持ちいいだなんて知らなかった。
「輝君、こうされるの好きなんだね。気持ちいいって顔してる」
「ちが、……」
否定してはみても息はどんどん上がるし、身体が震えて説得力は皆無だ。
「ほら、前もまた勃っちゃった」
「んあぁっ」
泡のついていない指が先端に触れて声が溢れた。そのまま掌に包まれる。後ろもずっとクルクルと擽られたり、トントンと弄られている。
「気持ちいい?」
「……ん、気持ちいい……」
頭の中はぐちゃぐちゃだ。呼吸に声が混ざって恥ずかしいのに、気持ちが良くてもっともっとと望んでいた。
「イきたい?」
「ん……」
こんな気持ちいいの知らなかった。
「あ、また、っあ、んんっ……」
キスで唇を塞がれて、俺は呆気なくイってしまった。
「ハイ、到着」
指一本すら動かすのがキツいくらい疲れ切ったので、身体全てを男に預けた。全身を拭いてもらって、寝衣を着せてもらった上にドライヤーで髪を乾かしてもらった。そうして再び抱かれてベッドに運ばれてきた。至れり尽くせりとはこのことかもしれない。この俺のどこにそんなことをする価値があるのか。微笑む男を見つめると目が合った。
「眠くなったかな」
「…………うん」
なんなら髪を乾かしてもらっている間に、何度か意識を手放した。今だって目を閉じたらすぐ眠りに落ちるだろう。
「それじゃあ、はい。おやすみ、輝君」
頭を撫でるのはずるい。そんなことを思った時には眠りに落ちていた。少なくも、翌朝目覚めた俺にこの後の記憶は残ってなかった。
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