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第3話
あたたかい物に包まれている。ぼんやりした意識の中で心地よさを味わっていた。
「……あ、れ?」
なんだろう、このあったかい物は。
「おはよう、輝君。目が覚めたかな?」
思ったよりも近い距離で声が聞こえた。と言うかすぐ側から声が降ってきた。
「……え?」
見上げると、優しい顔がすぐそばにあった。
「ッえ!?」
なに、なんだ、この状況は?ここ俺の部屋じゃない?
「っあ、待って。目が覚めたからってすぐ離れて行かないで」
背中と頭を押さえられて逃げられない。俺は男の胸に頬を擦り付けることになっている。
「っ、なん、で……俺……」
ぁあ、そうだ。この人は光瑠さん。自分の誕生日に俺と過ごすことを望んだ変な人だ。夕食を一緒に食べて、それから。
そうだ。俺は昨日、この人の手によって散々喘いでイかされて溶かされた。
押し倒さないとは言ったけど、手を出さないとは言っていない。なんてズルい台詞まで蘇った。浴室でもイかされて、それから介抱されて寝た。
ベッドに横になっていたはずだ。それなのに俺は男の腕の中にいた。
「そろそろ起きないかと声をかけたんだ。そうしたら、起き上がった輝君が俺の方に倒れ込んできてね。もう一回ベッドに寝かせてあげようかと思ったら抱っこ、って可愛いことを言うから。そのまま頭を撫でてあげていたんだよ」
「……ッ……」
少しも記憶にない。当然だ、そんなこと寝惚けてないと口にするわけがない。
「おも、かった……?」
「まさか」
背の高さだけでなく、筋肉も勝てないのは昨日見たから知っている。鍛えられて素敵だと思った。
「目が覚めたなら顔を洗って着替えておいで。ここの朝食はとても美味しいんだ、食べに行こう」
解放されたのがホッとしたような、少し寂しいような気がした。そういえば熱があった時もこの人の体温をあったかくて気持ちいいって思ったんだっけ。
「……そういえば、俺、光瑠さんのこと殆ど知らないんだけど……」
と、言った俺に焼きたてのパンを齧った光瑠さんは、フリーズした。
「……え?」
「俺、殆どパーティーに参加してないから、紫月って名前も覚えがないというか」
数度、瞬きをした光瑠さんは、笑い出した。
「ふ、っははは、あー、驚いた。成る程、そうか。君は俺のことを知らないのか。いやぁ、俺の活動もまだまだということか。はははっ、君は本当に。可愛いね」
にこにこと微笑む彼は、楽しそうに見える。
「俺の正体は、今晩のパーティーで分かるからその時のお楽しみにしようか。俺のことを誰かに聞いたり、調べたら駄目だよ?きっと、驚いてくれると思う」
「……やっぱり、凄い立場の人なんだな……このホテル入った時もチェックイン手続きとかしなかったしさ」
「ははっ、まぁね。でも、そうか。ふむ、とりあえず、どっかの社長の息子って考えてくれていれば良いよ。俺が凄いというより、俺の父親や祖父が凄いだけだから」
「ううう、そこまで言われると気になる」
「まぁ、でも別に知らなくても良いことだよ。君に心を奪われた、ただの一人の男だってことで」
適当に誤魔化された気がする。
「……それより、口の端にジャムがついてる」
パンの美味しさに感動して夢中で食べていた所為だ。指摘されて慌てて、口元を拭う。
「昨日の夜は、凄く綺麗な食べ方するなぁと思ったんだけど。あれ、余所行きだったみたいだね。今みたいに美味しそうに食べている方が、見ていて楽しい」
そんな風に言われてしまうと、今更、立て直しができない。
「光瑠さんは、今でも綺麗なのに」
「俺はねぇ。一人での食事でもこれだよ。幼い頃から躾けられて身体にしみついているからね。そのパン、そんなに気に入った?」
「……う、ん。凄く美味しい……。家でパンとか食べないし……」
まずトースターを買おう、と決意した。それから、このジャムも買って……このパンはどこのかな。
「ここのホテルのシェフは本当に腕が良いよね。朝から君の嬉しそうな顔が見れて良かった」
あ、そうか。このパンも手作りなんだ。焼きたてパンだもんな。
「食事を終えたら、君をあちこちに連れ回しても良い?」
「えっ?」
「今晩のパーティーで着る服を、俺に選ばせて欲しいんだけど」
「けど、パーティーの準備とかは……」
「指示は全て終わっているよ。俺に出来ることはもうない。俺の……、部下達が上手くやってくれる」
そういうものか。確かに、新しい物を購入しても良いかと思ったので頷いた。
「ぁあ、やっぱり輝君はどれを着ても似合う!」
にっこにこで、俺を褒める彼に俺はすっかり慣れてしまった。大袈裟なくらい褒められ続けて、早一時間。光瑠さんはあれもこれも、いやこれか?と、店の人に指示を続けていた。
しかも、ここは王家御用達の店。学生が手にするには高級なんだけど。
ホテルをチェックアウトした俺は、光瑠さんが手配した車でこの店に来た。店長がいつもありがとうござます、と挨拶に来たからこの店がお気に入りらしい。
「うん、それにしよう。ぁあ、男の子は選択肢が狭いね。女の子だったらもっと色々悩めるのに」
それを聞いた俺は男で良かったと、心底思った。これ以上悩まれたら、着替えで疲れてしまう。そんなことを思いながら、ふと鏡を見たら、確かにこれが一番良いと思った。
元の服に着替えると、光瑠さんに上から下まで見られた。どこか変だったか?
「うーん、スーツ姿はキリッとして大人びて見えたけど。今は……可愛いね」
「っ、わ、」
抱き寄せられてしまった。
「っと、ごめん。あんまり可愛くてつい」
優しく頭を撫でられて、つい、触られたことを思い出してしまった。
「……そろそろ行こうか」
あ、もう少し撫でて欲しかっ…………って、俺何を考えてんだ。そもそもここ、店の中だった。
店を出てから車に荷物を乗せた光瑠さんに少し歩こうか?と、誘われて隣を歩いている。光瑠さんは上機嫌で、凄く楽しそうだ。
いきなり、好きだなんて言われて戸惑っている間にすっかり光瑠さんのペースだ。触れられて、優しくされて、俺は光瑠さんと一緒にいるのが心地いいと思っている。
だけど、別に俺は彼のことを好きなわけじゃない。ただ、優しさに癒されているだけだ。
ということは、今の俺って、実はかなり最低なんじゃ。この先もずっとこのままでいられるわけがないのに、優しさを受け取り続けていて良いんだろうか。
「どうしたの、俺の顔ばっかり見て。キスをしたくなっちゃうね?」
「……キス……」
あからさまに狼狽えた俺に、光瑠さんは笑い声を上げた。ううう、からかわれただけか。恥ずかしくて俯くと、頭を撫でられた。
「いいねぇ、こういうの。今日が終わっても、俺は輝君とまた何処かに行きたいなって思ってるよ」
ずっと、明日からの話はしてなかったので驚いて顔を上げると、優しい顔で見つめられていた。
「さてと、輝君。お昼は何が食べたい?」
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