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第4話

 車を運転するのは、光瑠さんの部下だという。俺と光瑠さんは後部座席にいるが運転席とは仕切りがあるので、まるで二人きりの空間だ。  昼を食べてまた二人で外を歩いて回って、日も落ち始めた頃、そろそろ行かないとねと光瑠さんは言って車を呼んだのだ。 「先に着替えないのか?」 「ぁあ、うん。会場に着いてからね。パーティーが始まるより少し前には着くから、安心して。それにしても、結局俺のことは気づいてないの?」 「え?んー、うん、全然?」  光瑠さんの隣にいるのが心地よくて、知ろうとも思わなかった。 「っふ、ははは。君は本当に可愛いね。輝君と一緒に過ごす時間を俺はずっと楽しみにしていたんだ。だけど君と過ごす時間はあっという間に過ぎて行くね。こうやって髪を撫でるとそんな可愛い顔をするなんて知らなかったし、辛い物が苦手なことも知らなかった。甘い物に目を輝かせて、美味しい物には夢中になる」  昼の話か。光瑠さんのオススメの店に連れて行ってもらった。人気な店が全て美味しいわけじゃないが、本当に美味しかった。 「このままパーティーなんて始まらずに、ずっとこうしていたい。なんて、思うくらいに。まぁ、今日が終わるまでという約束だから、ちゃんと家に帰してあげるけどね」  そんな風に撫でられたら、寂しいと思ってしまう。誰かと過ごす時間が心地いいなんて、ずっと知らなかったから帰りたくない、と感じている。  今まで当たり前の日常だった真っ暗な家に一人きりが、寂しいと感じてしまう。ずっとこの温かさの中にいられたら、どんなに幸せなんだろうか。だけど。 「ん?眠くなっちゃった?」 「撫でられたらなんか、落ち着く」  この人が父親や兄だったら良いのにと、そんなことを考えた。こうやって優しくされていたい。 「甘えんぼさんだなぁ」って声が響く。そうなのかな、俺ってそうなんだろうか。彼の肩にもたれて、うとうとと眠りの入り口を彷徨った。 「輝君。着いたよ」  車が停まったことには気付いていたけど、あんまり気持ちが良くて目を開けられなかった。頭を優しくたたかれて身体を起こす。 「はい、どうぞ」 先に降りた光瑠さんの手に引かれるように降車する。 「……ここは、……あ、そうか」  思い出してしまえば、簡単なこと。何故気付かなかったのか。気付いていないのか?と、問いかけられるのも当たり前だ。紫は王家のみ名乗ることが許されている。紫月、と聞いた時に普通は分かるはずだ。それが、現国王の姓だと。 「それじゃあ、改めて。紫月光瑠です。宜しくね、輝君」  ってことは、俺、前回は第一王子との約束をすっぽかしたのか!?そりゃあ、制裁も大きいわけだ。 「さ、おいで。着替えようか」 「え、あ、……はい」  頷きかけて、俺は王子に対して今までどんな態度でいたのか?と、気が付いた。  目の前にいる光瑠さ……、光瑠王子に引かれていた手をそっと外した。王家の人より二歩下がってそっと後ろをついて行くのが礼儀だ。横を歩くどころか、手を引いてもらうだなんて。慌てて後退りをした俺に、光瑠王子は微笑む。 「良いんだよ、輝君は。今まで通りで」 「いえ、そういうわけには。他の、人の目がありますでしょう?」 「…………ぁあ、そうか。そうだね。でもね、輝君。この時間はまだ、客人はこちら側に招いていないんだ。だから、今は俺の隣を歩いて」  一瞬、顔が凍りついた。けれど、すぐに頷いた光瑠王子の顔は、鋭い王子の顔だった。王子の願いを聞き届けないわけにもいかないので、俺は少しの間を開けて隣を歩く。勿論、王子は俺に手を差し伸べなかった。 「会場までは案内をさせて。着替えたら、迎えに来るからここで待ってて。少し時間がかかると思うから、ゆっくりで良いからね」 「はい」  ありがとう、と純粋に喜んだならきっと光瑠王子は優しく微笑んでくれただろう。だけど、言えなかった。  着替えていると王子の声が幾つも浮かんだ。 「っつうか。好きって、アンタ第一王子じゃん……」  結婚して、子どもができて……その子がまた王になる。結婚するくせに、俺を好きだなんて。 「……あー……」  俺は優しくされて、甘やかされて、彼の好意に浮かれたんだ。まるで特別みたいに。  これは、恋なんかじゃない筈なのに胸が痛い。

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