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第1話

『おめでとう、仲良くやれよ』  微笑みながら、俺は人生最大の嘘をついた。 <結婚からはじまる誘拐>  親友の晴れ姿。純白ドレスでキレイに着飾った新婦の横で照れ笑いをしている男前を一瞥して、生茂(いくも)は視線を外した。  彼女ができたと報告され、直後に父親になるのだと知らされ、頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。そのクセ、祝いの言葉を述べられた当時の己を褒めてやりたい。  今の自分は自然に笑えているだろうか。  醜い心の内を晒さず、彼の門出を喜べているだろうか。  見上げた先の瞬く星でさえ、ちっぽけな自分をあざ笑っている。  あの朗らかな男の横で笑う姿を見ていたいと願っていた。叶わない恋だと知っていた。しかし、その引導を渡されたのは存外早かった。  引き出物の袋からのぞく罪のない花を眺めて、出るのはため息。 『旦那は渡せないけど、お裾分け』  そう言って新婦より放られたブーケ。 「……これって、女の子がもらう物じゃないのか?」  妻に母になる彼女は強かった。  誰にも打ち明けず墓場まで持って行くつもりだった、生茂が親友に抱く恋心。なぜか知られており、これから旦那の愚痴と相談をしつつ、赤ん坊の面倒もさせるから覚悟しなさいと、艶やかに微笑まれた。  それから。 『ごめんなさいは言わない。けど――ありがとう』  と。  仮に自分が彼女の立ち位置だったならば。さらに異性ならまだしも彼と同性で、数年友人として側で過ごしていた人間がその対象で。同じように胸を張って話せるだろうか――否、だ。  事実、生茂は誰にも告げずにすべてから逃げた。  仕事を辞め、携帯を解約し、住居を引き払った。高校を機に越してきた生茂の実家を知る者は、この地にいない。そもそも勘当同然に家を出たため、戻る選択はない。  本日の式のために奔走していただろう親友が自分の不在を知るのは、ハネムーンから帰ってくるはずの一週間後。 「――……ぁ、」  頬をぬらす水滴に雨かと仰いだ夜空は、憎らしいほど満天の星空で。  不思議に思い、手をかざせば声がかかる。 「イク」 「あ、アオさん。今日はおめでとうございます」  新郎と似たところのある長身の男前を認めて、生茂は顔を綻ばせた。 「アイツ、すごく緊張していましたね」  アイツとは彼の弟であり、己の親友、そして本日の主役の一人。  親友のアパートだけでなく、実家にも遊びに行かせてもらっているので、彼の年の離れた兄の青嵐(せいらん)にも可愛がってもらっている。 「アオさん?」  普段は不敵な笑みを浮かべているその表情は、渋面。見上げる先から反応が返ってこず、生茂は戸惑った。 「……あ、あの?」 「もう泣くな」 「……ぇ?」  拭われる目尻に滴の正体を知らされる。 「俺じゃダメか。アイツじゃなく」  ひとつひとつを噛みしめるように、響いた言葉。  まっしろになった後、動き出した思考がたどり着いて瞠目する。  ――もしや、彼は……? 「っ、……で、?」 「ん?」  引きつる舌は上手く言葉を紡げない。  何で? 「なんっ、知って、るの……?」  隠したままだった、この仄かな恋心を。  幼子のように拙い言葉しかでなくて、でもどうしようもなくて。溢れる涙を止める術を知らず、顔をゆがめるしかできなくなる。 「お前がアイツを見ていたように、俺がお前を見ているとは思わなかったのか」  知らない、そんなこと。  自分にはあの男しかいなかった。  半ば強制的に田舎を追い出されて、誰も知らないところで息を潜めるようにしてヒッソリと生きていこうとした。そんな中で眩しい笑顔を向け、足下しか見ていなかった自分の視界を広めてくれたのが親友だった。  大きくなっていく彼女のお腹を眺め、死刑台への道を進んでいるように。結婚報告はさながら死刑宣告。本日の式までの間、自分が何をしていたのか覚えていない。  だが彼や彼女から、しあわせを奪えるほど強くはなくて。逆に、それだけ生茂の想いが強くないという証明かもしれないが。かといって、キッパリと諦められるほど区切りはつけられなくて。  最終的に導き出したのは、一番はアイツの幸い。  それには自分は役不足で、お呼びではない。  だから逃げた。  しばらく距離と時間をおいて、落ち着こうとした。 「生茂」  それを。 「俺の所に来い」  拭った目尻から頬を辿られる。 「大切にする、お前だけを」 「っお、れ……」 「いいか、俺が勝手に奪うだけだ。お前が逃げたとしても、誰も文句は言わない」  強い眼から逸らせない。 「あいつらを眺めながら、健気に振る舞うお前をかわいいと思うよ」  ――攫われる。 「俺の手に落ちろ」  引かれた手は、抱きしめられる腕は、嵐のように力強かった。

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