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1時間目

「邪魔なんだよ、クソが! はよ、死ねや!」  知能指数がかなり低いであろう糞餓鬼が、僕を蹴り上げる。  体の軽い僕は、吹っ飛び、教室の壁に体を強くぶつける。  ここで言い返したりしない。  相手は、言葉が通じない餓鬼。  そんな相手にかける言葉なんて、何もないのだ。 「…………」  僕は黙って、荷物を持ち、いつものあの場所へ行く。  いつも、人はいない。  いても、あんな餓鬼はいない。 ☒  保健室、と書かれた部屋に僕は入る。 「はぁ……。布団の中で、勉強をしよう」  特別、勉強が好きなわけではない。  ただ、あんな餓鬼と同じにされたくないからするだけ。  いつもそう。  小学生の頃から、僕の周りには餓鬼しかいない。  たとえ、勉強ができたとしても。  それ以外が駄目なら、他と変わらない。  構わない、僕は一人でも。  家でも一人だから。  なんて、そんなことを思いながら、保健室のベッドで僕は眠る。 ☒  少しすると、ベッドのカーテンが開く音がした。  僕は目を覚まし、ぼんやりとしていると。  白衣を着た男が立っていた。 「あ……」  一応、この学校にも保健医はいたのか。  なんて、呑気なことを考えていると。  保健医は「きみ」と僕に優しく声をかける。 「具合、まだ悪いんだろ? 顔色が悪い」 「…………」 「ん? あ、そっか。俺は、金城(かなしろ)翡翠(みどり)。この春から、この高校の保健医をしているんだ。きみは?」 「ぼ、僕は……、二年三組の鈴谷(すずや)音羽(おとは)」 「へぇ、二年三組だと……、担任は佐々塚(ささづか)先生じゃない?」 「えっと、はい……。でも、その……」 「?」 「僕、あまり学校来れてないから……。その、担任とかも、名前しか知らない……」 「……俺で良かったら、話、聞くよ」  金城先生はそう言って、僕の隣に座る。  僕は小さく頷く。 「クラスでは、みんな、僕を虐めるんだ……。やめて、と言っても聞いてくれない、話しの通じない糞餓鬼ばかり。だから、最近は何も言わないで、こうして保健室のベッドで寝たり、勉強したりして過ごしているんだ……」 「そっか……。まあ、高校生なんて糞餓鬼だからなぁ」 「…………」 「俺もさ、虐められたりしていたんだよ。というか、佐々塚先生には、会って、相談とかしないの?」 「その、先生がどれか、判らなくて……」 「うーん。そうだよねぇ」  金城先生は少し考えてから、僕を見る。 「今、昼休みだし。きっと職員室にいると思うんだけど、会ってみる? 佐々塚先生、他の先生と違って、優しくて、そういう悩み事とか聞いてくれる人らしいよ」 「そ、そうなの……?」 「うん。まあ、俺がここで話を聞いたり何だりして、それを佐々塚先生に伝えるのも手だけど。できたら、本人の口から聞きたいと思うんだ。本当に優しい先生ならね」 「…………金城先生は?」  一緒に来てくれる?  そう言いかけて、僕はハッとする。  僕が他人に甘えたら迷惑だ。  迷惑でしかない。  これは、僕の問題で……。  僕が解決しないといけないのだから。 「やっぱり良い。僕が解決しないと、一人で」 「鈴谷くん。きみ一人で解決できないから、今、ここにいるんじゃないの?」 「…………」 「それに、きみはもう充分頑張っているよ。毎日、学校に来ているじゃないか」 「っ」 「今すぐじゃなくて良い。もしも、きみの気が向いたらで良い。一緒に解決しよう、クラスの虐め問題」 「迷惑……でしょ?」 「そんなことない。迷惑なら、話なんて聞かないよ」 「……今日は、帰る。頭、痛い」 「そっか。歩ける? 大丈夫かい?」 「大丈夫!」  僕は、少し強く言い、荷物を持ってベッドから降りる。  そして、少し走って、保健室の扉を開き、金城先生を見ずに言う。 「また明日、ここに来て、先生と話しても良い? で、あと、一緒に佐々塚先生のところ、行きたい」 「良いよ。明日も、明後日も、その先だって良いよ。ここは、きみの居場所だから」  その言葉に、僕は涙が出そうになった。  でも、ここで泣いてはいけない。  だから、抑えて頷いて、保健室を出た。

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