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第4章 終わりと始まり 6
三国同盟一周年の記念式典は二日延期となった。開催自体を中止しようという意見も出たが、僕もミヒャーレ国王も無事であったこと、またこの機会を逃せば三人が一堂に会する機会はもう当分無いであろうことを考えると、我々の関係性を他国に示すためにも行う必要があると結論付けられた。
カーロ国内でも、襲撃した吸血鬼化した村人がカーロの国境付近に住んでいた村の住人達だったことが分かり、吸血鬼を国内に容易に侵入させたことに対する国の管理体制が問われる事態となった。
イェルクや騎士達の亡骸は棺に入れられ都に運ばれた。合同の葬儀がヤーコブ、アシュレイの元で行われたそうだ。イェルクの葬儀は、僕が帰還して執り行われることになった。
一人で式典に参加することになった僕に、アシュレイを呼ぼうとアリが言ってくれたが、この混乱した状況で国にとって重要な人物が席を空けるわけにはいかない。
僕はイェルクと別れ際、彼がアシュレイから貰ったペンダントを借りた。首から下げているそれをアリに見せて、「一人じゃない」と微笑んだ。そのペンダントを持っていると内側から力が湧いてくるようで、不思議だった。
カーロの国王は盛大に僕等を歓迎してくれ、また先の襲撃事件について深く陳謝した。今後国境砦の防衛の強化と入港する全ての船舶に対して船員の人数や貨物について申告を必須とするよう法律を改正することを約束した。
会談の後行われた三国同盟成立一周年記念式典は、大きな問題も起こらず無事終了し、翌日大勢の民衆に見送られ首都を後にした。
ミヒャーレ国王はカーロ国王が安全とを配慮し、国王の軍船で帰還することになり、僕らは再び同じ道を辿った。
国境砦を越えたところで、思わぬ人物が待っていた。頭から足の先まで闇を融かしたように真っ黒な男の姿に、馬車を止めた。
「アシュ、どうして――」
駆け寄るとアシュレイはそのまま僕を抱き締めて頭を撫でた。温もりに包まれて、今まで堪えていたものが溢れそうになる。
「城へ帰ろう。これ以上、イェルクを一人にしてやるな」
冷たい棺の中で、僕の帰りを待っている。そう思うと胸が詰まった。声を発したら、泣き出してしまいそうで黙って頷く。
「我々の事はお気になさらず。予定通りに帰城致します」
僕らを見ていたヴァルテリがそう言ったのに、礼を言う余裕もなく、ただ無理に笑顔を作ってみせた。
アシュレイの背後で羽音がして、僕を抱き締めたまま空中に飛び立ち、踏みしめていた地面があっという間に遠退く。そして僕を落ちないように抱え直すと、黙ったまま飛び去った。
初めてアシュレイと空を飛んだ日、あんなに綺麗で素晴らしいと思った空も、カーロに着くまでの間感動していた景色も、今は何の感動もなかった。
城に着いてすぐに、イェルクのところへ行った。北方民族の布の掛かった棺に入れられていた。彼がよく庭で愛でていた真っ白の薔薇に囲まれて、変わらぬ笑顔を浮かべて横たわっている。僕はその額に口付けをして、微笑んだ。涙は、出なかった。
翌日葬儀が執り行われ、皆イェルクとの永遠の別れの時を過ごした。城の者達も、このために来てくれたアリとロビン、そして彼のことをよく心配していたラッセも、彼の死を深く悼んだ。
そして彼は、王族の墓と少し離れたところにある僕の母の墓の隣に埋葬された。貴族でも家族関係にもない事に関して疑問視する声もあったが、僕への忠誠を称えたいということで許しを得た。
本当はそれだけではない。彼の、イェルクの秘めた想いのことをどことなく分かっていたからだ。来世では、どうか愛する者と歩めるように、と願って。
葬儀も終わり、アシュレイと自室に戻った、瞬間、全身の力が抜けたかのように足元から崩れ落ちた。アシュレイが、僕の肩を強く抱き寄せる。
「……っう……イェルク……」
堰を切ったように涙が溢れ、零れ落ちた。王としてすべきことが終わったと思った瞬間、押し殺していた悲しみが紛らわしていた痛みを思い起こさせた。
「……私は、イェルクの代わりにはなれない」
僕を抱き締めるアシュレイの顔を見上げると、苦しそうに顔を歪ませて金の瞳を揺らしていた。
「ただ、お前の心に空いたその穴を、私が代わりに埋められはしないか」
アシュレイが優しく僕の涙を指で掬い取る。
そうだ、僕は独りじゃない。喜びも悲しみも分かち合って、寄り添い歩いて行ける人がすぐ傍に居る。イェルクがずっと僕を支えてくれていた分、アシュレイと共に支え合っていくんだ。
「……ありがとう」
胸を締め付けていた痛みが和らぎ、じわりと温かくなる。まだ涙で歪む視界の中、アシュレイの顔を見上げて微笑むと、優しく額に口付けて包み込むように抱いてくれた。僕は、波立った心が落ち着くまでの間、アシュレイの温かな胸に顔を埋めていた。
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