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第1話
「許嫁?」
その話を聞いたのは、ある日曜の朝のことだった。
休みなのをいいことに、一人遅い朝食をのんびりとっていた俺、白瀬竜大 が、「そういえば竜大、覚えてる?」なんて母親から軽い感じで話されたのは。
それは小学校に入る前の、本当にガキの頃の思い出。
その頃よく遊んでいた子と、引っ越しで離ればなれになる時に、離れたくないから結婚するんだと言い張った俺のこと。それを面白がった親たちが、じゃあ二人は許嫁だとか言って約束させて引っ越しを納得させたこと。大人になったら再会して結婚するんだとかなんとか。
「覚えてないの? ほらこれ。あんたがいつも持ち歩いてたじゃない」
そうやって渡されたのは、くしゃくしゃになった写真。
なんでも枕の下に敷いて寝れば夢が見られると聞いて実行したらこうなってしまったらしい。
「……あ」
その写真を見て、思い出した。
「しのだ」
「そうそう、しのちゃん。毎日毎日ずーっと二人で遊んでたじゃない。思い出した?」
忘れていたとしても、顔を見てするりと名前が出てくるくらいにいつも呼んでいた名前。それを口にしたら、一気にその時の思い出が蘇ってきた。
ちっちゃくて、さらさらショートの笑顔が可愛い子。真っ黒で触り心地のいい髪にはいつも天使の輪ができていて、本当に天使みたいな可愛さだった。
遊んでいるときはいっつも楽しそうに笑って、だけど結構やんちゃで。怪我したり恐いことがあるとぽろぽろと大粒の涙を流して泣くから、そのたびもう泣かせたくないと思って一生守ってやると誓ったんだっけ。
それと一緒に、ちょっと舌足らずな口調で「たちゅ」と俺のことを呼ぶ声まで思い出される。「たつひろ」がうまく呼べない代わりに「たちゅ」と呼んで俺に笑いかけるその笑顔だけで、一日中幸せになれた。
今まで忘れていたって言うのに、不思議とその笑顔とともに色々な思い出が蘇ってきて、懐かしくなって頬が緩む。
だけどすぐに我に返って、妙ににこにこしている母親を見上げた。
許嫁がどうとか、そんな昔の話をどうして今持ち出してきたのか。
「それで? なんで急にこんな話」
「そのしのちゃんのご両親がね、今度仕事で海外に行かれるんですって。それでしのちゃんは大学があるからって一人でこっちに残るんだけど、急に一人暮らしするのも心配だって言うから、じゃあ家に来ればって」
「……は?」
「ほら、家なら部屋も余ってるし、大学も近いみたいだから」
「いや、待て」
「実はね、今日来る予定なの。部屋は竜大の隣の部屋を使ってもらってちょうだい。片付けておいたから」
「イヤ待て。百歩譲って、家に居候させるってのは理解したとするけど、それをなんで今言う?」
残念ながら、自分の母親が迷惑なほどのお節介焼きだってことは十分知っている。
だけど問題なのは、タイミングだ。
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