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第8話

「ほら、竜くん起きて。授業が待ってるよ」  朝だって、こうやって志信が起こしてくれる時もあれば、前日張り切り過ぎて疲れさせちゃった志信を俺が起こすこともある。たまには二人して寝坊した挙句サボることもある。その決まってない感じが生活に張りを持たせて、毎日を楽しめる結果に繋がる。  いきなり他人同然の奴を住まわせるなんてなに考えてんだと母親に対して文句を言ってやりたい気持ちも最初はあったけれど、今となっちゃ感謝しかない。親同士が勝手にした結婚の約束も捨てたもんじゃないと、今なら思える。  志信が“婚約者”で本当に良かった。 「お前今日何時くらいに帰れる?」 「えっとー……八時くらい?」 「じゃあ待ち合わせて外で飯食おう」 「あ、それいいね」  元から二人ともそんなに家事が大好きってわけじゃないし、外で簡単に済ませようというなんてことない提案だったんだけど、志信の笑顔には別の理由があった。 「用意と洗い物がなかったら時間に余裕出来るし」 「……悪かったな。昨日は遅くなって」 「俺の方こそ寝ちゃっててごめん」 「あのさ、いいからな? 眠い時は無理にしなくて」 「無理にじゃないでしょ。俺がするって言ったんじゃん」  昨日は俺がバイトで遅くなって、だいぶ夜遅くに帰ってきた後に志信がしたいって言うもんだからしたことはしたけど、その当人が半分夢の中だったんだ。夢うつつの志信はそれはそれで良かったんだけど、そういう時は無理しなくていいのに。  距離が近くなって知ったけど、こいつは意外と頑固だ。 「わかった。今晩はちゃんと優しくする」 「竜くんはいっつも優しいよ?」  ともかく後悔よりかは反省をして次に活かしましょうと前を向けば、志信から可愛い言葉を貰う。お世辞をどうも、と軽くキスをすれば、お世辞じゃないとでも言うようにもう少しちゃんとしたキスが返ってきた。 「……ん、行かないと、遅れちゃうよ」  そんなキスの応酬をしていたら段々とその気になってきちゃって、終わらせるように俺の唇に志信の指先が触れる。  もう一つおまけにキスをして離れると、二人揃って玄関へ向かった。 「じゃあまた夜に」  行ってきますのちゅーなんて甘い習慣はないけれど、今日はなんだかしたい気分。  だから気まぐれに頬にキスを送ると、志信がちょっとだけ驚いた顔をして、それからほわりと笑った。 「いってらっしゃい」  そして俺にもお返しのほっぺにちゅー。結婚もしていないのに、気分はすっかり新婚だ。 「おう、いってきます。志信も、いってらっしゃい」 「うん、いってきます」  それぞれ言い合って、それぞれに玄関を出て。  夜の再会を楽しみにしながら、今日もまた変わらない甘くて普通の毎日が始まる。

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