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《皆無》
翌日も、真夜中に変わらぬ姿で菊之助の元へと訪れた男。
あんなことがあったのに…
「貴方は旦那様ではなかったのですね」
「……」
目を合わせず、俯いたまま、いつもの作業を開始する。
「もしかして、言葉が喋れない?」
「……」
作業をしながらも、僅かに首を振り答えてしまう。
「なら、貴方の声が聴きたい」
「貴方のお名前は?」
「……」
「教えてください」
「僕は貴方をなんとお呼びしたら…」
「……」
「呼びたいのです、貴方の名を」
「……」
頑なに無視を続ける。
「……そんなに、僕がお嫌いですか?」
ほろりと涙が零れ落ちる。
そんな様子を見た男は…
「……、菊…」
躊躇いながらも、涙の雫をそっと拭い、その名を呼んだ。
「っ、」
はじめて名を呼ばれ、その声に…どきりと胸が鳴る。
「俺は…言葉を発してはならないんだ、生まれてきてはならぬ存在だから」
「そんなことは…」
「俺は、双子で…後から生まれた…」
「……」
「畜生腹は家を潰す…この地域に根強くある迷信、母様を、お家を守る為、俺は…生まれなかったことにされた」
「っ…」
「俺の名は皆無 …何もないと言う意味だ」
「そんな」
ふるふると首を横に振る。
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