「…俺は、お前が慕う旦那様ではない、あの男の振りをして抱いたことは謝る」 「……っ！」 「俺は存在しない…もう、俺に話しかけるな…」 そう哀しげな眼差しで伝える。 「貴方は居ます、僕の目の前に…毎日、僕を綺麗にして下さったのは貴方です」 「……」 「優しく口づけをして、傷つかぬ様、優しく抱いてくださったのも貴方です」 「皆無(かいむ)さま…」 「……」 「僕がお慕いしているのは、皆無(かいむ)さま…貴方です」 「…っ」 「僕は、貴方様が好きなのです」 「……」 その告白を聞いて、驚き、口は何かを紡ごうとするが… きつく口を結び、着物の裾を握りしめて、その想いを抑えつけるように俯き顔をそらす。 「……」 「俺は存在しては…意思を持ってはならない、ひとを愛してはならないんだ」 「なぜ？僕たちは愛し合えました…僕には貴方が必要です」 「……菊」 「皆無(かいむ)さまは僕がお嫌いですか？」 「……っ、好きだ、…好きだっ好きだ！！」 抑えきれぬ想いが溢れ、ぎゅっと抱きしめ伝えてしまう。 「皆無(かいむ)さま、僕も大好きです」 菊之助は嬉しそうに微笑み、皆無を見つめまっすぐ伝える。 「菊っ…」 「僕と、一緒に運命に抗いませんか？」 「……」 「旦那様には言いません、二人だけの時間を過ごしたいから…愛しています皆無(かいむ)さま…」 「菊之助…俺も、お前を愛している…」 再びぎゅっと抱きしめ合う二人。 愛しき人を見つめながら、自然と唇を寄せ合う。 優しい時が、隔離された小部屋で緩りと流れていく。 囚われた籠の中で… 旦那様から隠れながら… 限られた時間の中で、芽生えた恋心を密かに育み、慕いあい、愛し合い… 変わらぬ契りを交わしていく二人だったーー。 完。