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第2話

 ジェフリーは、特別扱いしないと言いながらも簡単なWebテストと面接だけで、夏樹を選考に残してくれた。メールを見た瞬間、ほっとして力が抜けたのと同時に、口約束を覚えてくれていたんだな、という思いもあった。  もう一度、彼に会って、仕事をしている様子を間近で見てみたい。  そんな悠長なこと思っていられたのは、ジョブが始まる前だった。  グループごとに教育指導者が付き、社員とコミュニケーションやメモを取りながら、社員に同伴し営業先を回ったり、付随業務や雑用などをしたりする。  先輩の傾聴力と何気ない会話。商品を売り込むのではなく、先方の話をよく聞き、ニーズやウォンツを把握するのが大事だと知った。 「日報書いたら、終わりね」 「ありがとうございます」  一礼をし、営業1課に戻ろうとしたとき、栗色の癖のないストレートヘアを後ろで一つにまとめている男性が、扉横に立っていたのだ。 「森田夏樹さんですか?」 「はい、そうですが、」  すらりとした高身長の男性に面識はない。 「何か用っていう顔ですね。社長からメモを預かっているので、渡そうと思いましてここに来ました」  なぜか丁寧な口調なのに、見定められているような視線とキツイ口調。 「ありがとうございます」  付箋には、硬筆のお手本のような字で『仕事が終わったら、社長室に来てくれ。』と書いてあった。 「いえいえ。お仕事頑張ってください」 「森田、あの人が社長秘書だ。何かあったのか?」  先輩が心配そうに見つめてきた。 「先日、社長のハンカチを拾ったんです。多分、それ関係じゃないのかと思います」 「ポカしたわけじゃないんだな?」 「はい」 「ならよかった。なんでも相談してくれよ。力になれるかわからないが」 「ありがとうございます。インターン終了まで、目一杯学ばせていただきます」 「それは楽しみだな。しごきがいがある」  笑いながら、「日報の書き方教えてあげるから、早く来い」と言われ、駆け寄った。      *** 「夏樹、この漢字の読みと意味は? 敬語が苦手だったら使わなくていい」  社長室では、ジェフリーが書類と格闘していた。ノートの半分に線を引き、漢字とその上にルビを振り、線の右側には意味が書いてある。  足先が当たってしまった黒色のカバンの中には、新聞と漢検のテキストと思しき物が入っている。それを見ないフリして、倒れたカバンを元に戻した。ジェフリーが下線を引いた漢字の読みとスマートフォンで意味を調べ、彼に伝える。 「どくせん。ひとりじめすること。自分だけのものにすること」  本当は丁寧語を使わなければならない場面であるが、ジェフリーが素のままでいいと言った言葉を額面通り受け取っている。 「なるほど、辞書よりもわかりやすい。さすが、夏樹だ。日本語が難しくて、嫌になってしまいそうだ」  言葉をかみ砕いただけなのに、ジェフリーは目を輝かせ、何度も首を大きく縦に振る。 「秘書に和訳してもらえれば、日本語を覚えなくてもいいだろ?」 「原文で読まないと意味が違ってくる場合もあるから、なるべく日本語で読みたいんだ」  だから、社員らに意味や読み方を聞いているんだ、と。ちゃんとメモを取っておけば、次からは困らないし、間違った使い方をしなくて済むらしい。 「すごいな。マジで尊敬する。字、上手だな」 「ありがとう。字が汚いと読めないって顧客から言われて、硬筆を習ったんだ」  どおりで上手いわけだ。 「日本語は難しいけど、面白いな。意味も読み方もたくさんあって」 「確かにな」 「据え膳って言う言葉は面白いぞ。好きな女性の据え膳食わぬは男の恥って書いてあった」 「普通にヤったら、警察行きだぞ」 「わかってるさ。……でも、食わないのはもったいないな」 「はあ⁉ オレを食うのか?」 「まさか……」  ジェフリーがさもおかし気に笑う。 「からかったな」  ジェフリーの目つきが変わった気がした。妖しい光が青い瞳を水面のようにきらめかせ、雄っぽい笑みを浮かべている。ジョークを言っていた人間と同じだとは思えない。  彼がにじり寄ってくる。後ずさったが、クローゼットに背中が当たってしまった。息が触れ合う距離まで近づいて、夏樹の黒髪を太く長い指が弄ぶ。 「ナツ……」  まつげが長く、くっきりとした二重が視界いっぱいに映った。コーヒーの苦くて香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。ずっと見てきた彼とキスしている。  夏樹の薄い唇に柔らかい感覚が伝わってくる。何度も何度も感覚を味わわされるキスは、ひどく優しくて気持ちがいい。 「口、少し開けて」  言われたとおりに、薄く開いた口に、彼の舌がノックするように入ってくる。腰骨を痛いほどつかまれ、フェイスラインを分厚い手が包む。恐る恐る舌を絡ませると、いい子だとでも言うように、絡まされたり舌先を甘噛みされたりする。  自然と身体の力が抜け、ジェフリーの肩に両腕を絡ませ、縋りついた。ぴちゃぴちゃと淫らな水音がするほど、何度も角度を変え求め合う。  恋愛経験ゼロじゃない。けれども、こんな溺れるようなキスは知らなかった。唇から伝わる刺激が全部身体中に回り、下肢まで達している。 「大丈夫……じゃなさそうだな」 「……当たり前だ」  肩で息をしながら、彼にもたれかかった。すると、重なった下肢に熱が集まっているのをはっきりと認識してしまう。 「わあっ! ナツ、ありがとう!」  スラックス越しに形がはっきりわかるほど、ジェフリーのも硬くなっている。 「俺のディックが元気になってる! ……硬いだろ⁉ ああ、嬉しい」  目を丸くしながら、得意げに笑った。  夏樹の手をそれに誘導させ、確認させた。さっきよりさらに上向き、手でぎこちなく上下にさするたびに、ピクピクと動く。  ていうか、元気よさすぎだし、デカ過ぎじゃね? 自分のも平均的なサイズだと思うが、ホーンバナナとモンキーバナナくらいの差がある気がする。 「すごいな、これ。どうすればいい?」 「クローゼットに手をついて、ベルトを外してくれ。俺に任せて」  ズボンを足首まで下ろし、冷たくとろみがついた液体を自身と尻と内股に塗りたぐられた。 「「っ……」」  熱いと感じた瞬間、後孔から夏樹自身の先端までジェフリー自身でこすられ、会陰を張り出したカリで、グイグイと押される。中をいじくられていないはずなのに、ズンと重く変な感じがする。 「……っ、あっ」 「もっと聞かせて」  ジェフリーの手が乳首をかすった時、女みたいな高い声を上げてしまった。羞恥で耳まで赤くなったが、声が抑えきれず、漏れる。  いくら人が来なさそうな社長室だとは言え、こんなことをする部屋ではない。背徳感と誰かに見られてしまうのではないかという不安感が、劣情を煽る。 「うっ……んっ、ッ……」  擦られる部分すべて気持ち良くて仕方がない。つるつるとしたクローゼットに爪を立てるが、指先が滑って、落ちていく。 「comming?」  首筋にかかる彼の吐息とうめき声。何を言われているのかわからなかったが、頷くと更に動きが激しくなる。 「アッ……、ぅン………」  ジェフリーの手にすっぽりと収められ、後孔と会陰をこすられたとき、こらえていたものが弾け、彼の手の中で欲を放った。白く汚れた手と独特な青臭い匂いに、耳まで真っ赤になった。 「リンゴみたい」と甘く低い声でささやかれ、耳朶を甘噛みされるだけで、身体がびくりと震えた。 「今度は前を向いて、力んでね。もっと気持ちよくしてあげる」  手をティッシュペーパーで拭くと、さっきのパウチの中身を指に垂らし、執拗に擦られていた後孔に太い指をゆっくりと慎重に入れられた。 「くっ……」  異物感と微かな痛みに、彼の肩にすがる指先の力が強くなる。何もとがめることなく、ジェフリーは指をなじませてから、動かし始めた。明確な意図を持ち、何かを探る。 「要るかい?」  頷かなくても、手のひらに垂らしてくれた潤滑剤を伸ばす。せめてものお返しに、彼のモノを手を筒状にして擦る。手のひらからあぶれるほど大きく、熱い。 「あっ、ちょっ、待てよ。……っ、あああっ」  ていうか、なんでコイツこんなに上手なんだ。疑問さえも、体内から湧き上がってくる快楽のせいで霧散する。ズンと重く深い快楽と前をしごかれて、どっちも気持ち良くて、声が抑えられない。  ジェフリーの吐息や低くうめく声を聞くと、確かに自分が彼を感じさせている悦びが沸き起こる。何が何だかわからないまま、絶頂に達した瞬間、彼の体液で手が汚れた。 「誰にも渡したくない」  服が汚れるのをいとわず、ぎゅっと抱きしめられささやかれると、どう返答していいのかわからず、視線を彷徨わせた。

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