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第3話

「そんな事ないですよ?顔はもちろん、感情が素直に顔に出るところとか…凄くかわいいと思います」 真顔で畳み掛けられて千春の顔が真っ赤に染まっていく。 十歳も年下の男性に顔を褒められ、ましてやかわいいなんて言われたのは生まれて初めてだった。 こんな時冗談の一つでも言って笑い飛ばせばいいものの、不器用な千春は何と返していいかわからず硬直してしまう。 これじゃあまんざらでもないみたいじゃないか。 「あ…あ〜、えっと…そうだ、先生お茶…お茶飲みます?」 千春はぎくしゃくと席を立つと、逃げる様にキッチンへ向かった。 落ち着け、自分。 千春は自分に言い聞かせながら、戸棚からコーヒーカップとソーサーを取り出すと、そこに緑茶の茶葉を投入した。 動揺しているせいか、狙いを外した茶葉がボロボロと溢れてシンクに散らばる。 震える手に叱咤しながら、千春は必死に波立つ気持ちを宥めていた。 落ち着け、落ち着け、あれは決して本心ではないはずだ。 男の、ましてや教え子の父親の、年上の平凡な自分に、かわいいだなんて普通は絶対に言わないはず。 聞き間違い、そう聞き間違いだ。 もしそうでなければ、千春の知らない社交辞令の仕方なのだろう。 それか今若い子の間で流行っている冗談なのかもしれない。 逸る鼓動を必死に押さえつけていると、不意に背後から声がした。 「」 ビクッとして振り向くと、中村がニコリとしながら立っている。 「え?は?ち、千春って……」 まさか下の名前で呼ばれるとは思ってもみなかった千春はまた動揺してしまった。 「あれ?違いました?」 「いや、そ、そうなんですけど…」 中村は全く悪びれた様子もなく近づいてくる。 このも今時のコミュニケーションの取り方の一つなのだろうか。 「手伝いましょうか?」 「え?そんな…いいですよ!先生は座っててください」 慌ててそう言うと、中村は不思議そうな顔で千春の手元を見つめてきた。 「……でも、それ、淹れ方凄く間違ってますけど?」 「は?!え?!」 「茶葉は茶漉しに入れるんです。それからお湯は急須に入れて…それにこのカップはコーヒーとか紅茶用ですよ…あぁ、違うそれじゃなくて」 モタモタとする千春の横から手を伸ばして、中村がテキパキとお茶を淹れていく。 千春は自分の無能さを本気で呪いたくなった。 お茶の一つも淹れられないなんて… 「す…すみません、何も知らなくて…」 千春が項垂れると、隣に立つ中村がフッと笑った。 千春よりほんの少し高い場所から見下ろされてまたドキッとしてしまう。 「いいんですよ。できないことは恥ではないです。これから少しづつ覚えていけばいいんです、ね?」 「は、はい」 花でも咲いたかのような眩しい笑顔で言われて、千春は思わず素直に返事をしていた。 さすが教育者。 こういうフォローができるところとかはさすがだなと思う。 感心していると、中村がぐっと千春に寄って来た。 突然縮まった距離にあからさまに避けることもできず、千春は上半身だけ不自然にのけ反る。 「あ、あの…せ、先生?…ちょっと…ち、近くないですか?」 さりげなく中村がいる方とは逆の方向に片足を踏み出して距離を取ろうとする。 すると今度は腕を掴まれた。 「逃げないでください、千春さん」 柔らかな声色で名前を呼ばれてドキッとする。 彼の声で紡がれる名前が、まるで別のもののように感じてしまうのはなぜだろう。 「あ、そ、そうだ、一葉(いちは)どうしてるかな…」 火照っていく顔と、高まっていく心臓の音を誤魔化すように中村から目を逸らす。 そこから抜け出そうとすると、掴まれた腕に力が込められた。 「一葉くんならさっき部屋を覗いたら寝ちゃってたんで寝室に運んでおきました」 逃げ道を塞がれて、千春は再び言葉を詰まらせた。 掴まれた場所がジンジンとする。 毛穴という毛穴から変な汗が噴き出してきた。 「じょ、冗談ですよね?」 千春は思い切って訊ねた。 こんな若くてかっこよくて女の子がほっとかなそうな子が、千春みたいな中年のおじさんに…なんて絶対にありえないからだ。 しかし中村は笑顔から一変、至極真面目な表情になると千春をじっと見つめてきた。 「冗談に見えますか?」 その眼差しは誠実そのもので、とても嘘や冗談を言っているようには見えない。 「先生、お、俺、男です」 「知ってます」 「ちゅ、中年です」 「知ってます」 「じゃあ、何で…」 千春は困惑しながら訊ねる。 すると中村はきっぱりと答えてきた。 「千春さんがタイプだからです」 と…

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