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第1話

 スイートルームに足を踏み入れた途端、きつい香りに京也は顔をしかめた。  袖で鼻を覆う。矢島は何をしようというのだろう。半年前にグループに引きずりこまれてから、初めての場所だった。  新しい趣向というわけか。  場所が変わろうと、ろくでもないことには変わりがない。だがその日は一段と悪趣味だった。  部屋の中は既におかしな雰囲気になっていた。体の芯に熱を呼ぶような、やけに甘ったるい香りが満ちている。  ソファーにはいつもの連中が5人、真ん中の矢島の横には新顔の青年がひとりいた。  若くしなやかな体は、すでにメンバーたちに撫でまわされている。カットソーの内側に手を入れられ、首筋に顔を埋められ、青年は切なげにもがいていた。  鼻が(うごめ)く。  こいつ――オメガだ。  京也は来たことを後悔した。矢島の悪徳の終わりが見えない。アルファの群れのリーダー気取りで、矢島は常に自分の力を見せびらかしたくてたまらないのだ。  巨大証券会社の重役のドラ息子。アルファの中でさえ上下をつけたがり、京也のことなど、自分を誇示する道具にしか思っていない。 「おう、来たのか」  矢島が手を挙げる。テーブルには酒とツマミの他に、中華風の小さな香炉が置かれていた。気分が悪くなるような香りは、そこから立ち上っている。  意識すると同時に頭がくらりと揺れた。何かマズイことが起こっている。理性を飛ばす何かが脳に入ってきている。見れば他のアルファ連中もオメガの青年も、トロリとした目でこちらを見返していた。 「お前おせぇよ。早く座れ」  矢島もまた、目つきがおかしい。 「何だこれ。何使ってるんだ」 「ん~? 知り合いにもらったクスリなんだけど、すげぇイイよこれ……」  語尾がかすれる。  首筋に鼻を擦りつけられて、青年が身もだえした。 「や、やだ……」  弱弱しくもがく手が矢島の肩を押している。抵抗したいのに力が入らないらしい。  仰向いた顔がふわりと息を吐いた。  柔らかい顎の線の上で、うっすら開いた唇が吐息を漏らしている。  震える睫毛を見た瞬間、京也は膝から崩れそうになった。  今まで、発情したオメガと一緒になったことはない。抑制剤が発達し、彼らは自分の発情期をコントロールしつつある。ひどければ家から出てこない。  だから京也にとってオメガというのは、キャンパスで普通に話す相手であり、その神秘の度合いは女性たちと差はなかったのだ。  だが今目の前にいるオメガは、明らかに発情させられている。  矢島の手が伸び、ジーンズの上から青年の膨らみをもみしだく。 「んぁぁ」  呻きが漏れると同時に、グループのアルファたちの手が伸びる。体中をまさぐられ、脚を開かされ……青年の体から、作り物の香りを圧するすっきりと甘い匂いが広がっていた。 「何してる。お前も来いよぉ」  矢島の声に、京也は我に返った。  ダメだ。こんなところでアルファ6人が寄ってたかってオメガを輪姦したりして――警察沙汰になれば、すべての未来はなくなるだろう。  就職はやっと決まったのだ。今は大学卒業間近、入社式を数週間後に控え、このろくでもないグループとはやっと手を切れる。そんな時期に。 「どこから連れてきた?」 「ん~? なんかぁ、薬くれた奴がぁ……連れてきてくれたぁ」  変な具合に溶けた矢島の声に嫌悪を感じながら、同時に京也は引き込まれそうになっていた。頭がぼうっとする。矢島を押しのけ自分があの青年を抱きたい。その素肌に触れうなじを噛み―― 「ほら、抱きたいだろぉ?」  矢島が、見透かしたように京也の手を掴んで引き寄せた。香炉から出る煙を吸った途端、体が萎える。  足元が崩れ、京也はつんのめるようにしてオメガの青年の上に倒れた。その拍子に青年自身の匂いが入ってくる。ほとばしる清涼な味が喉の奥に流れ込む。ずしんと腰に痺れが走る。  なんとかこらえて顔を上げると、目の前に青年の顔があった。  ハンサムとか美形とか、そういう見た目の美しさではない。官能に耐える顔には生来の優しさを思わせるものがあり、くっきりした眉が心にある芯の強さを見せている。 「いやだ。いや」  彼は必死で呟き、制御できない体にもどかしそうに涙を零していた。    不意に強烈な欲望が京也の内側からせり上がり、その強さに喉が詰まる。  京也は衝動に引きずられ、いつとも知らず口づけていた。  耐えられない。他の男を押しのけ自分の体で包みたい。誰にも邪魔されず体を貪り、深く体を沈めてひとつになりたい。揺さぶって、突いて、中に思うさま精を注ぎたい。

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